コダック レチナ


左から、Retina IIC, IIIC, IIa, Ia

コダックは米国の会社だが、レチナはドイツ製のカメラだ。コンテッサ・ネッテル(ツァイス・イコン、カールツァイスの前身)の共同創設者であり、スプリングカメラの盟主たるイコンタの開発者であったアウグスト・ナーゲル博士が、ネッテルを退社して新たにナーゲルを1928年に創立した。このナーゲル社は1931年にコダックに買収されるが、高い技術力を有していたためにほぼ対等の立場での合併であったと言われる。そして1934年に最初のレチナが発売された。このとき同時に親会社のコダックは、これに適合するパトローネ入りの135フィルム(35mmフィルム)を発売し、フィルムを買ってきたらそのまま明るい場所でフィルムが装填できるカメラとして、その性能、価格、小型軽量も相まって大ヒットした。

レチナには約50種類ものモデルがあると言われるが、ここではそのうち、レバーによりフィルムを巻き上げると自動的にシャッターもセットされる、1951年以降のレチナについて紹介する。そもそもこのレバー巻き上げもレチナが事実上のパイオニアであると言われており、後のライカM3やニコンS2(ともに1954年)などに採用され、広く普及するまでは「レチナ式」とまで言われる方式であった。このようにレチナは、様々な点でカメラ界に大きな影響をもたらした、歴史的に重要なカメラであり、かつ、その性能・使い勝手・大きさの高次元でのバランスも見事なカメラである。

解説動画

Retina IIa (1951)

Retina IIa はレチナ伝統のボディ形状(上から見て8角形)を保ち小型軽量でありながら、レチナの特徴であるレバー巻き上げと、それによるシャッターの同時セット(セルフコッキング)を達成したモデルであり、人気を博したため、現在もっとも見つけやすいポピュラーなモデルの1つである。この小さなボディには似つかわしくないほど大口径の 50mm F2 レンズが備わっており、2種類のバリエーション(Schneider Retina-Xenon または Rodenstock Retina-Heligon) がともに非常に高性能である点も人気の一因となっている。シャッターにも当時の最高級品であるシンクロコンパーが搭載されている。

上の写真のモデルはレンズに Heligon が搭載されており、かつ、距離目盛りがメートル表記となっている。最も多く見かけられるのは Xenon レンズにフィート表記のものなので、最もレアなタイプだと言うこともできる。Xenon と Heligon のレンズ描写の違いには様々な意見があるが、いずれにしても、両方ともとてもよく写る、という点には異論がない。私見では、Heligonのほうが繊細で解像感の高い描写のようにも感じているが、それよりはレンズの状態や調整状況のほうが重要であろう。

後のほとんどのカメラで当たり前になった位置に巻き上げレバーを置き、その優位性を、身をもって証明したことの功績は大きい。

その他の情報(当サイト内)

撮影例

他の撮影例はこちら

Retina Ia (1951)

Retina Ia は、IIa と同時に発売された距離計を持たない廉価版であるが、レンズラインナップが異なり、この米国製 Kodak Ektar レンズが装着されたモデルがある点が注目に値するモデルである。Ektar レンズはほかに、47mm F2 レンズが IIa の前身である Retina II (Type 011, 1946)に搭載されており、このレンズはカードン用の Ektar と同一であることから特に珍重される。一方、この Ektar 50mm F3.5 は 47mm ほどの人気はないが、Ektar らしいシャープさが味わえるレンズとして定評がある。

廉価版でありながらきちんとセルフコッキング機構が備わり、シャッターも同じシンクロコンパーであること、ファインダも目測レチナの伝統にのっとり、ちゃんと中央に設けられている点が美点と言える。他方で、レンズの薄さに対して蓋の部分がさほど薄くなっていないのはやや残念な点である(セルフコッキング機構のシャフトがあるために薄くできないものと思われる)。

Retina IIC, IIIC (大窓) (1957)

折りたたむことができるレチナの最後を飾るモデルである。距離計窓が大きいのは、同時にこの窓がブライトフレームの採光窓を兼ねているためであり、ファインダ内には 35, 50, 80mm の3種類のブライトフレームが常時表示される。小窓タイプに比べ3種類が常時出たままなので、見た目にやや煩雑であること、ブライトフレームの角が丸みを帯びていること(小窓はきっちりとした角がある)などの問題があるが、ファインダの見え方は大きく改善されているように思う。一時期は特に「大窓」だけが高価で取引されていたが、昨今は落ち着いているようだ。

もっとも多機能なのが露出計付きのIIICであるが、その露出値を読み取るためにはダイヤルを回し、針を合致させなくてはならない。しかも、それを回して読み取れる値はEV値であり、シャッター速度と絞り値の組み合わせは直ちにはわからない。EV値をシャッター下部のレバーでセットすれば、シャッター速度と絞りの関係が決まる仕組みである。しかしこの機構のために、シャッターリングを回せば絞りリングも回ってしまう。これは、このころのカメラにありがちな、当時流行った方式であるが、今となっては邪魔な機能のように思われる。

個人的には、カメラ内蔵の非連動露出計は使いにくいと感じる。なので、そのようなカメラでは露出計をまったく使わないことが多く、使うとすれば単体の露出計を使う。そういう観点から、IIIC よりも IIC のほうが好きなカメラなのだが、IIC は販売期間が短く見つかりにくい。さらに、露出計がないのに前述のやっかいなEVロックがシャッターについていること、ボディ上の露出計があった場所が空いているのに巻き上げレバーが底についたままであること、レンズがf2.8に意図的に暗くされていること(レンズそのものはF2と同じもの、という説がある)、など IIa の後継としては残念な部分が多い。

IIa よりも明確に大きくなっている点も指摘しておきたい。ファインダの大型化も影響しているが、ボディそのものが、レンズの格納機構の変更に伴って大きくなっている。ただし、丸みを帯びた形状に変更されていることのほか、蛇腹が外から見えない構造になったこと(フィルム側から見るとわかるが、依然として蛇腹は用いられている)、これに伴いレンズの格納・引き出しのスムーズさが増したことは高く評価できる。レンズのコーティングが進化しコントラストも向上しているようで、またレンズ設計もさらに改良されているようである。

Retina IIIc(小窓) (1954) 大窓との比較

当方が所有している IIIc (小窓)は黒っぽい外観となっている。他に同様の色のものが見当たらないため、何らかの方法で後から加工されたものと思われる。内部写真を含め、各部の外観はこちらで確認して欲しい。ここでは小窓と大窓の差異を中心に記す。

上の写真のように、大窓のほうが小窓よりも距離計の基線長が短い。ただし、ファインダ倍率が大窓のほうが大きいため、有効基線長はほぼ同一であると思われる。大窓は距離計用の窓から光を取り込んで 35, 50, 80mm のブライトフレームを表示しているが、小窓はファインダ窓の周囲(外周)で光を取り込む仕組みとなっている(なおIIaではブライトフレームは表示されない)。ただし小窓のブライトフレームはかなり暗い。距離計像は、大窓は円形、小窓はひし形となっている。

小窓には前後期の2種類があり、前期は露出計の採光部に穴の空いた蓋がついている。この蓋は露出計の感度を切り替えるためのもので、蓋を閉じると光が遮られるので高輝度時用、蓋を開くと低輝度時用となる。上の写真のモデルは後期型のため、そのような蓋がない1段式になっている。なお大窓はすべて1段式である。レンズの種類や仕様は、大窓と小窓で変化がないものと思われる。

型番の表記において、大窓(写真でシルバーのモデル2つ)では大文字の C が用いられており、一方、小窓(ブラックのモデル)は小文字の c となっている。これは当時のカタログ、説明書、外箱等でも明確に使い分けられており、混同すべきではない。

その他の情報

アクセサリ

純正アクセサリ

レチナIIIc/IIc/IIIC/IIC 用の樹脂製フードである。レンズのフィルタ枠や外枠でなく、その周囲のバヨネット(カメラの黒色部分の溝)に装着する。フードの赤点をカメラの赤点に合わせて差し込み、時計回りに少し回すと固定される。かなり薄手で、持つと全体がたわみ、かなり華奢な感じがする。

コダック製の純正フィルタである。レンズのフィルタ枠にねじ込んで使う。高品質だが、惜しむらくは(この現物は)ノンコートとなっている。

社外品アクセサリ

レンズ部分に装着すると、1m〜50cm の範囲(レチナの場合、最短撮影距離が1mより短いので、実際には45cm前後まで)の近接撮影ができるアクセサリである。レチナIIa用であるが、IIIC/IICなどに装着して使うこともできる。詳細はオートアップの紹介ページを参照のこと。

1951年以降の各モデルについて


左から、Retina IIC, IIIC, IIa, Ia

ここでは、セルフコッキングを搭載した1951年以降のモデルに限って紹介する。

モデル

1951年モデル:ボディは上から見て8角形の、レチナ伝統のボディ形状を保っているモデル。 1954モデル:ボディ構造が根本的に変更され、少し大きくなる。レンズの格納はX字型のタスキ構造から、箱が前後にスライドする構造となる。また、IIIcとIIcはレンズ交換(シャッターとその後ろの後玉を残し、前玉だけ交換する方式)に対応した。ただし、ファインダのブライトフレームは50mm用のみ(小窓)。露出計付きのモデルには前後期の2種類があり、前期は露出計の窓についた穴付きの蓋を開閉することで、明るいときと暗いときで感度を切り替える方式であった。後期では切り替えなしの1段式に改められた。 1957モデル:ファインダが改良され、IIIcとIIcは交換レンズに対応した 35, 50, 80mm の3種類の焦点距離に対応したブライトフレームが常時表示される(大窓)。露出計はすべて、感度切替なしの1段式。

レンズの種類

基本的な命名規則