コダックが1900年代初頭に販売していたロールフィルム用フォールディングカメラで,途中から一部のモデルに世界で初めて距離計が備えられたことで知られるカメラです.最初の距離計搭載モデルが出現したのが1916年2月と言われているので,今月でちょうど100周年になります.
距離計が搭載されたモデルには No.1A, 2C, 3A などがありますが,それぞれ 116, 130, 122フィルムを使用するモデルであり,普通の中判フィルム(120)を用いるモデルである No.1 には残念ながら距離計搭載モデルは存在しません.120フィルムが使える距離計搭載カメラは 1930 年の Agfa Standard の距離計付きモデルまで14年間,待たねばならないと思われます.
最初に距離計が備えられたのが最も大きな No.3A で,画面サイズは約140 x 82mmです.ロールフィルムの幅は94mm程度あり,スプールもそれに応じて長く太いものになっていますが,キー穴部分の形状は120とほぼ同じです.カメラ全体の大きさは 24x12x5cm とかなり大きなものですが,本体側が木製である他,裏蓋などアルミが上手に使われていて,剛性感がある割にかなり軽量に感じられるカメラです.厚手の貼り革やメッキなどの品質や工作,仕上げのレベルは非常に高く,高級カメラであることが伝わってきます.
様々なレンズ,シャッターが搭載された個体がありますが,写真のモデルは Kodamatic シャッターに Kodak Anastigmat 170mm F6.3 が備えられたモデルです.Kodamatic は 2, 5, 10, 25, 50, 100, 150, T, B のシャッター速度が選べ,特に T はシャッターレバーを押してシャッター開,もう一度押して閉,という動作をするので使いやすいと思います.シャッター速度選択レバーやチャージレバーの動きも軽く,軽快に動作し感心するシャッターです.レンズは見たところ,それぞれ2群2枚の前群と後群が対称となった4群4枚で,double anastigmat (doppel anastigmat) に属するレンズのようです.
距離計は特殊な形態をしており,レンズボードの基部(鳥居の根元)に横向きに備わっています.これを横から覗くと,3列になった像のうち中央の像が動いて距離合わせが出来ます.後に述べますが,この距離計は鳥居と一体になって前後するだけで他に可動部がなく,大変合理的な面白い構造となっています.ただし適当な距離から正確に覗かないとならないため,あまり使いやすいものではありません.しかしやはり,最初から単なる単独距離計でなく連動距離計となっている点は評価すべきポイントかと思われます.
距離計連動カメラが本格的にもてはやされるようになるのは1932年のライカDII,コンタックスが出てからで,それまでには前述のアグファとこのコダックぐらいしか例がありません.特にこのコダックからアグファまで14年もの長きにわたりブランクが空くのは不思議な感じがします.しかし,乾板やシートフィルムを用いるカメラではピントグラスを用いてピント合わせが出来るところ,ロールフィルム専用カメラではそれが難しくなったわけですから,ロールフィルムの盟主たるイーストマン・コダックが初めてカメラに距離計を搭載したのは自然なことなのかもしれません.
ベースボードの脇に備えられたラック&ピニオンによりレンズボードが前後されると,距離計全体も前後に動きますが,ベースボードの突起に接触したクサビ状レンズだけは動かずに残ります.それにより光路が屈折され距離計の像が動きます.
イコンタのようなドレイカイルプリズム式の距離計もメカ的連動が少ない面白い構造ですが,内部的には2つのプリズムを互いに逆転させるギアが必要でかなり部品点数の多いものです.また1930年のアグファ・スタンダードでは,レンズボードから距離計へチェーンを張って移動を伝えています.それに対してこのコダックでは最小限の可動部品で距離系連動を達成しており,かつ狂いにくく,調整も容易で面白いものだと思います.
この方式は英国特許 No.13,421 に登録されており,1914年6月2日出願,1915年4月22日登録となっています.
http://www.directorypatent.com/GB/191413421-a.html
オートグラフィックフィルムは,光を通す裏紙と,遮光性のあるカーボン紙,フィルムの3層構造になっており,裏紙側から鉄筆で文字を書くとカーボン紙のカーボンが裏紙に転写されカーボン紙の遮光性が文字の部分だけ低下します.これにより光を通す裏紙側から露光され文字が映り込むという仕組みだということで,文字を書いた後,天候に合わせて適当な時間(10秒程度まで)露光することになっていました.仕組みの詳細は以下に述べられています.
http://d.hatena.ne.jp/ilovephoto/20100919/1284851579
また具体的な写し込み例などは以下のサイトなどで見ることが出来ます.
http://photo-sleuth.blogspot.jp/2013/03/sepia-saturday-169-keeping-kodak-story.html
オートグラフィックフィルムは今では入手できませんが,現在のフィルムでも強い圧力を受けると現像時に黒化するので,書き込みができるかどうか試してみたいと思います.それより現在的な視点でこの機能に価値が有るのは,他の種類のフィルムを装填できるようにアダプター等を制作した場合です.このときはカメラ背面の赤窓にフィルム番号が出ませんが,オートグラフィック用の蓋は幅が広いため,フィルムの裏紙の文字を読み取るのに好都合なのです.
なお autographic と言ってもなにか自動であるわけではありません.autographic は「自筆の」という意味で,auto には漢字で言う「自ら」の意味に対応します.autobiography (自叙伝),autocorrelation (自己相関),autoallergy (自家アレルギー)などでも同様です.
スプールも大きく,長さが95.4mm, ツバの直径が 31.8mm ぐらいあります(120フィルムはそれぞれ 65.7mm, 25.1mmぐらい).ただし軸の太さやキーの穴の形状は 120 とほぼ同じです.
何という偶然、こちらカメラを地元の中古修理店で見かけました。
店主から強く勧められたのですが、120フィルムでの使用が無理そうだと断念。
日浦様の口ぶりですと120での使用が可能と解釈致しました。
可能なのでしょうか?
どんな写りをするのかも興味津々です。
続報を楽しみにしております。
122フィルムはもちろんもうありませんが,120フィルムのツバの左右に,15mmほど延長するアダプターのようなものをかませるとフィルムの装填ができます.さらに,画面にフィルムを支えるレールをつけると良いかと思います.(元の画面は幅が8cmあまりあるため,63mm幅の 120 フィルムは宙ぶらりんになってしまいますので)
3Dプリンタで図面を引いてみましたが,大きいため,業者に発注すると7000円ぐらいかかりそうなのが難点です・・スプールのアダプターはともかく,レールはアクリル板や金属板で適当なものを制作するのがいいかもしれません.
また近々レポートいたします.
なんと120が使えそうなんですね。
これはレポート心待ちであります。
(そのカメラ屋さんですが、スピグラの修理が得意なクラカメ専門の小さいお店なんです。)
なんといってもレンズの性能が思いのほか良く,望遠レンズでのピント調整でも「え?こんなにシャープなの?」と驚かされましたが,実写の結果も上々でした.
問題は,(スキャニングはできるけれども)引き伸ばし機が6x9までしか対応しないことです...
http://nikomat.org/priv/camera/autographic/index.html
に載せましたので,是非ご覧下さい.
世界はドイツ一辺倒ではなく様々な優れたアイディアが各国で生まれていたのですね。
その大きな一極であったアメリカがしばらく民生カメラから遠ざかっていたのは残念ですが、最近ではフォベオン素子とかライトロなど日本以外の独創的な発想がこの世界を楽しくしています。
616を使うスーパーイコンタDを120仕様にして6x11.5パノラマにと画策中ながら、まだ手を付けていません。
参考にさせていただきますね(^_-)