世界初の距離計搭載カメラ コダック オートグラフィック・スペシャル

ピンぼけは失敗写真の主役であった。今でこそオートフォーカスが普及し、またスマートフォンなど被写界深度の深い小さなカメラが主流となったことでピントを気にする必要性は薄れてきているが、それでも思ったところになかなかピントが合わないことなどもあり、ピントは今でも厄介な問題である。

被写体に正確にピントを合わせるためには、フィルムの代わりにすりガラス板を置き、そこに写る像を直接確認する方法がある。暗いすりガラス像をはっきりと見るために冠布をかぶる必要があるなど面倒な方法であるが、単純ながら確実で、1枚ずつ分かれた感材を用いる場合はそれであまり差し支えがなかった。どうせ、1コマ撮影するごとに感材を付け外しする必要があるからである。しかし1900年頃になり、軸に巻かれたフィルムを巻き上げながら撮影する「ロールフィルム」が普及するようになって、この方法の面倒さがクローズアップされるようになってきた。ロールフィルムは巻き上げるだけで次のコマが撮影できるのに、そのフィルムをつけたり外したりするのは面倒くさいのである。そこでなんとかして、フィルムを外すことなくピント合わせが出来る仕組みが必要とされた。そのために現れたのが一眼レフと距離計である。

先に登場したのは一眼レフである。初期のものはミラーを上げたり降ろしたりするのも手動で、今の一眼レフのように全てが自動的に連携しながら動くようなものではなかったが、グラフレックスのように大型でフォーカルプレーンシャッターを備える木製一眼レフが1900年頃には主流のカメラの1形態となった。それに対し、昔ながらの蛇腹付き折りたたみカメラは目測でピント合わせをするか、依然としてフィルムホルダをいちいち付け外しするものであった。しかし全金属製のレンズシャッターの開発が進み、フォーカルプレーンシャッターに対する速写性や携帯性が有効視されるようになる。そこでこの種のレンズシャッターに相性が良いピント合わせ方式として距離計が用いられるようになるが、この形式の最初のカメラがここで紹介する、コダック オートグラフィック・スペシャル No.3A 距離計付きである。このカメラが市場に登場したのは1916年の2月と言われており、ちょうど今月(2016年2月)で100周年になるのだ。現在ではカメラの電子化が進み、ミラーレスカメラのように距離計連動式でも一眼レフでもないカメラが増加する傾向にあるが、今でもライカは距離計連動式のフィルムカメラ、デジタルカメラを製造している。距離計連動式カメラが100年間の命脈を保ったことをまずは祝いたい。

世界初の連動距離計、その構造

ほとんどのカメラの距離計は本体の上や側面に取り付けられているが、このカメラではなんと、距離計はレンズ下部に取り付けられている。既存のカメラに距離計を後付けしたような形態ではなく、レンズ保持部(フロントスタンダード)のアルミ鋳物と一体で成形されており、いまもって美しいメッキ仕上げのパーツ類と相まって品質感は高い。普通の距離計は被写体の方向に覗くところ、この距離計では側面から覗く。写真のように縦位置であれば横から覗くことになるが、横位置で撮影するときはウェストレベルファインダのようにカメラの上から覗くことになる。ブリリアントファインダもカメラを上から覗き込むように見るものなので(横位置ではファインダを90度倒すことが出来る)、どちらも上から覗くようにして使えるという点では違和感はない。

この距離計の特徴は他にもある。機械的な連動を極力廃し、最小限の可動部で機能する上、狂いにくいよう工夫されている。以下の図は、距離計の仕組みを模式的に表したものである。

距離計にはくさび形のレンズ(実際には凸レンズの一部)が差し込まれており、このレンズが距離計の内部で前後にスライドすることで光路の向きを変え、距離に応じた像の一致を行う。面白いのは、このくさび形レンズはレンズボードに対して位置決めされており、距離計全体がレンズとともに前後するのに対し、くさび形レンズだけは動かない。この動きの差によって光路の向きが変わるため、レンズの前後移動によって自然に距離計が連動するのだ。

このカメラから14年も経た、次の距離計搭載カメラはアグファ・スタンダード距離計付きであるが、このカメラではレンズの前後移動をチェーンを引くことで連動させている。またその後のカメラでも多くのリンク機構により動きを伝えたり、ドレイカイルプリズムという特殊なプリズムを回転させて光学的に連動させたりといった工夫がなされている。それに対しこのコダックは、大変シンプルながらも精度の高い距離計連動を達成しており、やや覗きにくいきらいはあるものの、技術的には大変面白いものである。

距離計によるピント合わせは、このコダックが登場してから16年もの間、遅々として主役の座に浮上することはなかった。距離計の利便性が世界的に認められるのは、1932年にライカがII型で距離計を搭載し、一方で光学界の雄、ツァイスイコンがコンタックスを発売してからである。しかし後に示すようにこの距離計は信頼に足るものであり、170mmもの長大な焦点距離を誇る大画面カメラにとって大変有用なものであると言えるのである。

この距離計は見え方が特殊で、上下像(または左右像)合致式に近いが、より詳しく言うと視野が3分割されており、中央の像がずれるようになっている。左右の像にフィルタが掛かっており、黄色みがつけられているために中央の像と区別しやすい。レンズの口径が小さくぼけにくい iPhone のカメラで撮影したものが上の例で、3つの像の間に仕切りがあるために黒い領域が見えるが、肉眼はより口径が大きいためにもう少し連続的に見える。

ミラーレス一眼カメラで撮影した例はこのように見え、肉眼をかなり近づけて覗いた時はこの見え方に近い。いずれの場合でも、中央の像が上下にずれる事がわかる。少しコツが必要であるが、遠距離での分解能は比較的高い。

初期モデルのレンズとシャッター

冒頭の写真に示した個体はこのオートグラフィック・スペシャル No.3A 距離計付きの中でも比較的後期に作られたもののようで、裏蓋内側に刻まれている特許情報にも1921年のものが記載されていることなどからも初期のモデルでないことが分かる。それに対し、以下で紹介する2台目の個体は初期のモデルであり、幾つかの相違点が見られる。

全体として分かることは、右の初期型はまずレンズとシャッターが異なる。またブリリアントファインダの構造のほか、鳥居下の距離計にクロームメッキのカバーがない。これは取り付けネジ穴などもないことから後から取り外されたのではなく、最初からなかったのではないかと思われる。ウォレンサック・オプティモシャッターに、ツァイスからライセンスを受けたテッサー・レンズが取り付けられていることから、オートグラフィック・スペシャル No.3A 距離計付きの中でも最高仕様の個体であると思われる。

このオプティモシャッターはコンパー(デッケル製)やプロンター(ゴーティエ製)などと異なる点がいくつか見られる。まず、かなり古いシャッターではあるがいち早くリムセット型になっている。また低速シャッターを実現するためのタイミング機構が、機械式時計と同等のメカ式(ガンギ車とテンプによるもの)ではなく、エアシリンダー型となっている。エアシリンダーを用いたシャッターはこのころのシャッターには珍しいものではないが(コンパー製のコンパウンドシャッターが有名)、それに対しより近代的な見た目となっていることと、リムセット型となっていること、さらに特殊なシャッター羽根形状により 1/300 秒の高速シャッターを実現している点が特徴である。

上の動画では音声を ON にしてご覧頂きたい。シャッターが動いている時に、テンプの動くジーという音がしないことが分かるだろう。このシャッターはチャージレバーの動きが小さく、またチャージに要する力も小さくて済み、シャッターボタンも軽く動く優れたシャッターである。そして、よくみると気が付くが、シャッター羽根は一見すると普通の5枚羽根シャッターのようでいて、実はシャッターをきるごとにその模様が反対巻きになっていることがわかる。

上の写真はシャッターを切る前と切った後の様子である。シャッターをチャージしても羽根は動かないので、シャッターを切るごとに2つの状態の間を行ったり来たりする。なぜこのようなことになっているのだろうか?実はこのことが、この時代にして、軽い力で 1/300秒の高速シャッターを実現する鍵となっている。

上の図はウォレンサックが取得した当該シャッターの特許資料(米国特許961192号 pdf )の一部である。特許日の 1910年6月14日の日付は、シャッター前面のレンズ直下にも刻まれている。注目すべきは FIG.2 である。シャッター羽根は普通の5枚羽根シャッターのような形状が軸の左右に対称についており、シャッターを切った時には、この羽根が往復運動するのではなく、一方向に回転することで露光される。低速時は途中で一度止まり、一定時間を経過してから閉じるのだが、高速時はその停止がなく一気に羽根が約180度回転することで露光される。多くのシャッターで用いられている往復運動では一度停止してから逆に動かす必要があるが、このシャッターではそれが必要ないので高速シャッターが実現可能なのだ。この形式のシャッターは後の時代に 1/800秒の露光時間を達成するためにも利用されており(金野剛志著「カメラメカニズム教室(上)」 p.181にも、コダック・シンクロラピッド800に応用された例が紹介されている)、高速シャッターの実現に有効であることが分かる。

次にレンズであるが、このレンズは面白いことにツァイス、コダック、ボシュロムのトリプルネームとなっている。レンズには前面に "ZEISS KODAK ANASTIGMAT F-6.3 No4 Pat. Feb. 24. '03." とあり、さらに側面には "Made only for EASTMAN KODAK CO. by BAUSCH & LOMB OPTICAL CO. Rochester N.Y." と記載されているが、レンズ形式はどこにも書かれていない。しかしその実、このレンズは紛れもないテッサーなのである。それは、銘板に書かれた日付 "Feb. 24. 03." から分かる。(ちなみに、この個体では銘板で第1レンズが押さえられており、容易に分解清掃することが出来る。)

上の図は、ツァイスのパウル・ルドルフが1903年2月24日に取得したテッサー特許の図版(余白を編集済み)である。この特許は簡潔で、それゆえ強力であり、この優れた設計のレンズの権利確保に大いに貢献した。まだ光学産業の規模が大きくない米国ではボシュロムでレンズ製造が可能であり、いち早くテッサー製造の権利を購入し製造したと言われ、このレンズがその例の1つである。

初期型と後の型の相違点をより詳細に示す。ブリリアントファインダーは、後のものでは一般的な十字のアパーチャを持つものになるが、初期型では長方形のアパーチャを持ち、横倒しにして使うときにはアパーチャマスクを手動で90度回転させて用いる。前蓋を開くためのロックボタンは、後のものでは樹脂製のボタンが直接露出しているが、初期型では革で覆われている(この頃のカメラには、ボタンを革で覆ったものが多い)。またオートグラフィック書き込み窓の蓋に、カメラ名 "NO.3A AUTOGRAPHIC KODAK SPECIAL" と記載されている。

このカメラには純正付属品としてケーブルレリーズとスタイラスが付いていた。ケーブルレリーズは短くコンパクトなもので、装着したままカメラが畳める点が美点である。レリーズには "MADE BY E. K. Co" "PATENT NOV. 16 1910" などと刻まれている。

スタイラスは全長が約7cm で、オートグラフィック書き込み窓の蓋に差し込んで固定することが出来る。

他のカメラとの比較

上の3台はいずれも距離計にレンズのピントが連動する戦前の折りたたみカメラである。左のスーパーセミイコンタは1936年ごろ製造されたカメラで、このシリーズに距離計が搭載されたのは1933年と言われている。ドレイカイルと呼ばれる光学系によりレンズから本体への機械的連動を省くことに成功した。中央のカメラ(エンサイン・カーバイン オートレンジ)も1930年代中盤のカメラで、このカメラではレンズを前後させるレールの後端から距離計へ機械的に移動量を伝達している。

イコンタはセミ判のほかに6x9判もあり、上のエンサインも含めレンズの焦点距離は 70 - 105mm の範囲である。それに対し、このコダック・オートグラフィックスペシャル No.3A 距離計付きは幅約94mmの大きなロールフィルム、タイプ122を使用するカメラであり、画面サイズは約 140 x 82mm, レンズの焦点距離も 170mm という大きなものだ。他のカメラに比べると明らかに大きなカメラであることは一目瞭然だが、コダックはこれら一連の折りたたみ式カメラに「フォールディング・ポケット・コダック」という名前をつけていたというから面白い。どんなに大きいポケットを持っているのだろうか?・・だがその大きさに対し、本体外装が木製である上、各部にアルミが上手に使われており思ったほどには重くない(実測 1247g)。今も美しく輝くメッキ、厚みがあり職人技で丁寧に仕上げられた貼り革から凝った銘板に至るまで、クラフトマンシップが随所に見られる素晴らしいカメラで、後のコダックの普及版カメラから受ける印象とは全く異なった極めて高級なカメラである。世界で初めて距離計を、しかも連動距離計として搭載した歴史的価値などに対し市場価格は不自然なまでに安価だと言ってもよいが、それも今は既に入手不可能な122フィルムを必要とするカメラだからかもしれない。しかし以下に述べるように、少しの工夫で現在のフィルムでも撮影が可能なのである。

120フィルムを用いた撮影

一時期は極めて多種類に展開されていた写真フィルムも、現在では35mm(タイプ135)と中判(タイプ120)の他は入手が難しくなってきている。しかしカメラによっては、これらのどちらかのフィルムを工夫により装填することで今でも撮影ができるものがある。その中で、コダックのオートグラフィックと名がつくカメラは比較的、簡単に流用ができるカメラだと言える。その鍵となるのはまさにこのオートグラフィック機構にある。

オートグラフィック(autographic)とは「自筆の署名」を意味する英単語であり、コダックのオートグラフィックとは、撮影途中にフィルムにメモを書くことが出来るカメラを指す。左の写真ではカメラ背面上方に金属製の蓋があるが、ここを開いて鉄筆で文字を書くと、コマ間にメモが出来る専用のフィルム「オートグラフィックフィルム」が当時は販売されていた。オートグラフィックフィルムは光を透過する裏紙とフィルムの間に(裏紙の側に文字が移る)カーボン紙が挟まれており、鉄筆で文字を書くとカーボン紙のカーボンが裏紙に写り、カーボン紙が薄くなることでフィルムが感光する仕組みによるものということである。現在では当然、オートグラフィックフィルムは発売されていないが、この書き込み用の蓋は幅が広く、ここから送られるフィルムの裏紙を見ることが出来る。フィルムが存在しないカメラに他のカメラのフィルムを装填した時に問題となるのがフィルムの送り量を調整する方法であり、上の写真で分かるようにもともとの赤窓はかなり端に位置するために120フィルムの裏紙のコマ番号は赤窓から見ることが出来ないが、幸いにしてこのオートグラフィック用の書き込み窓がその代わりになるわけだ。そうなると、残る問題はフィルムを装填する部分と、フィルムを画面に安定して配置する工夫となる。

1930年代までのカメラにはフィルムを裏側から押さえる圧板のないものが多く、裏蓋の裏面がそのままフィルムを位置決めする面として用いられている。当然、画面と裏蓋までの間の隙間は広めに取ってあるので、ここに適宜、120フィルムの幅に対応するレール上のものを取り付けることでフィルムを(オリジナルのカメラと同等レベルに)安定させることが出来る。圧板を制作して入れ込むこともできるが、このカメラの場合は焦点距離が長く、レンズのF値やレンズそのものの像面湾曲も考えるとレールを置くだけで十分であると思われる。このカメラでは距離計の調整は簡単ではないため、オリジナルを保つためにレールを設置するだけの方法をとることとした。

フィルムを装填するには、120フィルムと122フィルムのスプールの大きさの差をアダプタで調整する。120と122はスプールの軸の太さやフィルム送りのためのキー穴の形状がほぼ同じであり、フィルムを画面のどちらか一方に寄せるのであれば、ただ単に一方に詰め物をするだけでも撮影ができる。しかしここでは画面の中央にフィルムを配置するため、3Dプリンタでアダプタを製作し使用することにした。

設計したアダプタはDMM クリエイターズマーケットから注文することも出来るようにした。上の CG は DMM にアップロードした4個一組のアダプタの設計データである。

フィルムを装着した様子(上の写真は撮影前ではなく、説明用に裏紙だけをセットした写真である)。画面のサイズが140mm程度であるため、6x4.5判用のコマ番号(上の写真では下部に並んだ番号)を3コマずつ用いるとよさそうである。後に述べるが、この方法ではコマ間が1mm程度重なって撮影される。しかしそのために画面を小さくしても余り意味がないため、ここではそのままオリジナル幅一杯で撮影するようにした。

カメラに裏蓋をセットし、オートグラフィック用の書き込み窓を開いたところである。光漏れを防ぐため、120フィルムの裏紙を二つ折りにしたものの中央に穴を開け、窓の裏側に貼り付けた。先に書いたように6x4.5判のコマ番号を用いるため、この文字が1つは見えるように幅をとった(上の写真の白色部分。7が見えている)。コマ番号を見るためだけであればもっと狭い幅でも良いが、後に述べるように(フィルムが圧力により黒化する現象を用いて)フィルムへの書き込みが出来るようにするため、大きめに幅をとってある。

撮影では、1から順に3つ飛ばしに(つまり、コマ番号としては1, 4, 7, 10, 13番を窓に出すことで)5コマを撮影することが出来る。今でも6x9判を超えるカメラは非常に高価で、リンホフはもちろん、ホースマン612やアートパノラマ、フジGX617などはどれも非常に高値で取引されている。それに対し、このような工夫でワイド画面のカメラを手にできるのは痛快と言っても良い。レール引き出し式のカメラであるため、適宜マーキング等を施すことで、0番シャッターを備えたワイドレンズを取り付けてワイドカメラに改造することも可能であると思われる(ただし後群が蛇腹に接触しない程度に小さいことや、前群の大きさのために折りたためなくなることが多いはずである。Dagor や Artar など薄型の広角レンズを用いれば折りたたみも可能であろう)。

現代のフィルムに文字を書き込む

フィルム現像をされる方であれば経験があると思うが、フィルムは物理的な刺激で感光した場合と同様に現像により黒化することがある。その一つがフィルム面に対する圧力や歪であり、フィルム現像で経験されるのはフィルムが折れた部分が黒くなる折れ傷だろう。少し折っただけで黒化するのだから、なにもオートグラフィックフィルムでなくても普通のフィルムで、裏側から文字を書き込めば、その文字が現れるに違いない・・そう思って実験したのが次の写真である。

この時は画面に 6x12判の枠を取り付けて6コマ撮影した。当然、画面からオートグラフィックの窓までに 1cm ほどの距離が空いていたが、これを忘れて書き込み実験をしたので、次のコマに文字が写ってしまっている。ネガフィルム上での黒化であるので、ネガポジ反転すると白い文字となる。これがきちんとコマ間に入っていれば十分に読み取りが可能であると思われる。ただし、いくらか試してみた結果では、ちゃんと筆圧をかけて強めに書き込む必要があった。裏紙に同時に文字が残るというメリットもあり、裏紙にダメージを与えないためにもボールペンが適しているようであった。

ただし先に述べたように、画面の幅一杯を利用し、6x4.5判で3コマ飛ばしで撮影するとコマ間に隙間がないため、書き込んだ文字が隣の画面に入ってしまう。6x9判のコマ番を2つ飛ばしで用いて4コマだけ撮影することにすれば全く問題はない。

撮影例(Kodak Anastigmat)

このカメラに装着されるレンズにはツァイスからボシュロムにライセンスされたテッサーなど幾つかのバリエーションがあるが、掲載した個体には Kodak Anastigmat 170mm F6.3 が最高速 1/150秒のコダマチックシャッターとともに搭載されている。普通、単に Anasitgmat と書かれていると3群3枚のトリプレットであることが多いが、このカメラはそうではない。前群・後群ともに2群2枚の対称型レンズで構成された、いわゆるダイアリート (Dialyte)型レンズが搭載されているのだ。ダイアリートはトリプレットの凹レンズを2つに分割した形式と見ることもできるが、ダブルガウス型レンズの一種とみなすことも出来る面白い形式であり、完全対称型であるために横収差が小さいという特徴を持つ。

カメラを整備し、無限遠等を調整するときに像を拡大して観察したときにも驚くほどのシャープネスが見て取られ、これは思った以上に優れたレンズではないか・・と期待して試写したところ、果たしてこのレンズは期待以上の描写性能を発揮した。

これは絞りを F22 にセットしたときの写真で、さらに倍の解像度である3200DPIで取り込んだもの(実に 17426 x 6984=約1億2千万画素)の画像データもこちらにアップロードした(表示できないウェブブラウザもあると思われるため、表示できない場合は右クリックして保存し、photoshop 等のソフトウェアで表示して欲しい)。絞り込んでいるとはいえ、驚くべきシャープネスである。

これも F22 で、3m前後の被写体を撮影した。同様に大きな画像をこちらにアップロードした。極めて精緻な描写である。細長い画面をこのように縦位置で使うのも面白い。

次は F6.3 の開放絞りで撮影した例である。ピントを合わせた手前の椅子にきちんとピントが合っている。F6.3 とは言え焦点距離 170mm の標準レンズである。画面の幅を基準に計算すると、35mm判では44mm F1.62 と同じボケと被写界深度を持つことになる。絞った例に比べると周辺光量低下も見られるが、ドラマチックな光量低下で雰囲気も悪くない。水滴などの輝点も不自然に広がることなく、立体感、リアリティのある良好な描写である。

撮影例(Zeiss Kodak Anastigmat)

こちらのレンズは前述したように、ツァイスからライセンスを受けてボシュロムが製造したテッサーである。この個体は後のものより若干状態が悪く、蛇腹にもピンホールが散見されたので対処してから試写したが、塞ぎきれていなかったピンホールが少し残っており、今回の試写例では画面の端にその影響がある。

 

この撮影例で、左は F6.3 開放絞り、右は F22 に絞った時の例である。F22 では全面極めてシャープでほとんど文句のつけようもない。それに対し F6.3 では仔細に見ると周辺部で僅かに甘くなるものの依然としてシャープで、やはりさすがのツァイス・テッサーである。空気界面もダイアリート型に比べ6面と少なく、コントラスト性能も高いようである。

中遠景を F22 で撮影した。やはり画面全体として均質で極めてシャープで、十分な性能である。大画面のカメラは三脚に据えて撮影することが多く、適度に絞ることが多くなる(絞っても回折による画質低下の影響を受けにくい)ため、現在の視点で見ても十分実用になるレンズであるといえる。

最短撮影距離付近(2m付近)で、やはり F22 で撮影した。距離計がついていることから、このような距離での撮影も比較的容易である。

その他の情報

このカメラの距離計は1914年ごろに特許申請されている。以下の図面はイギリスで登録された特許 GB13421 から引用したものである。

この図面では距離計が縦に配置されており、ブリリアントファインダとともに上から覗くように意図されていることが分かる。当時は一眼レフともども「カメラは上から覗くもの」という感覚があったのかもしれない。もっとも、次の図面にあるように、このコダックと同様にレンズスタンダード基部に距離計が備えられた図面も掲載されている。

このカメラの距離計にはハーフミラーは用いられておらず、細長いミラーを並べることで中央像と上下(または左右)像とを分割している。1930年のアグファ・スタンダードもハーフミラーを用いず、眼球の口径の影響により固定像と可動像がぼけて重なったように見えることを利用しており、思想的には似通ったものである。エンサイン カーバイン・オートレンジも鏡野中央に設けた細長い隙間から像を覗くようになっており、当時はあまりハーフミラーを利用するという考えがなかったのかもしれない。軍用の距離計もメダリストの距離計と同様にプリズムを用いて像を隣接させる構造となっておりハーフミラーは用いられていないので、ハーフミラーを用いた距離計は1932年のライカやコンタックスが本格的に広めたものだと言えるかもしれない。

距離計搭載カメラ年表

出来事
17世紀頃光学式距離計の基礎的な原理が発明され、軍用に利用されるようになる
1916年コダック オートグラフィック・スペシャル No.3A 距離計付き
1930年アグファ・スタンダード距離計付き
1932年ライカ II (ライカD)、コンタックス I
1933年フォクトレンダー・プロミネント(「花魁」、最初の実像上下合致式距離計)、
スーパー・イコンタ、プラウベル マキナ II
1934年ローデンシュトック・クラロヴィット(初の一眼式距離計)
1936年コンタックス II (初の一眼式距離計搭載35mmカメラ)
1940年マミヤシックス(バックフォーカス方式に連動する距離計)
1953年エンサイン・オートレンジ16-20(最初の実像二重像式距離計)
1954年ライカ M3
2004年エプソン R-D1(初の距離計連動デジタルカメラ)
参考:A Primer on Rangefinder Cameras