ゼンザブロニカ用ニッコールレンズ


奥左から,NIKKOR-Q 135mm F3.5, NIKKOR-P 200mm F4前期,NIKKOR-P.C 200mm F4後期.

中央左から,NIKKOR-P 75mm F2.8, NIKKOR-Q 105mm F3.5LS

手前左から,NIKKOR-D.C 40mm F4, NIKKOR-H 50mm F3.5, NIKKOR-O.C 50mm F2.8

レンズ互換チャート(jpg, pdf

Nikkor-D 40mm F4


このレンズはブロニカECのころにデビューした超広角レンズで,画角は90度,35mm カメラ換算で 22mm 相当となります.レンズ構成は8群10枚であり,第1レンズに凸レンズを配した,このころのニコンの広角レンズにはよく見られる構成です.35mm 判で同じ画角・F値,枚数構成のレンズというと,new Nikkor 20mm F4 およびこれの Ai バージョン,new PC Nikkor 28mm F4 などが挙げられ,デビュー時期もほとんど同じなので,どちらかとの比例設計かその改良と思われます.以下に挙げるブロニカ用 NIKKOR-O 50mm F2.8 も,ニコンF用 PC Nikkor に類似した設計であることから考えて,これら二つのレンズは,イメージサークルが大きい PC ニッコールをベースに 10:7 に拡大して設計されたと考えることが出来そうです.なお後の Ai ニッコール時代の PC NIkkor 28mm F3.5 もよく似た構成ですが,F値が明るくなっているにもかかわらず,張り合わせレンズを単レンズに置き換えて簡略化された設計となっています.

1979年のカメラ毎日のカメラ年鑑にはそのテスト結果が掲載されていますが,開放から全画面均質かつ高解像度を発揮していることが分かり,たとえば同時期のハッセルブラッド用 40mm F4 の周辺がた落ちの描写と比べると差は歴然としています.さすが,日本光学はレトロフォーカス型の設計では先行しただけのことはあるでしょう.実写においても,開放から十分な解像度を示しますが,さすがにビオゴンのようにはいかず,画面の周囲でも不満のない画質にするには1,2段絞る必要があると思います.また画像の歪は,非常によく補正されていると言えるでしょう.建築物などの一辺を画面の一辺に一致させると,ほんの僅かに糸巻き型かと思われますが,このような構図でも肉眼ではほとんどわかりません.定規つきのルーペで検査して,周辺部と中央部の直線の曲がりは 0.1mm 内外です.(以前このサイトで,僅かに樽型と書いていましたが,なにかの間違いでした.)

このレンズは,C 表示で分かるようにマルチコートタイプとなっています.私は以前シングルコートバージョンも所有していましたが,ブロニカ用ニッコールでは最も構成枚数が多いレンズだけに,その差が気になるところです.そこでリバーサルフィルムを用い,同一シーンについて交換しながら撮影し比較してみたところでは,ほとんどのシーンではほとんど差が見られませんでした.ただ,画面内にきわめて明るい光源が含まれるような,一般にゴーストが出やすいシーンでは差が見られ,シングルコートバージョンでは青のゴーストが出ることがありました.ほとんどのシーンでは詳細に比べて見なければ分からない程度で,シングルコートバージョンも常識的な逆光性能を持っているといえますが,かなり厳しい条件では,マルチコートの効果があると言えるでしょう.シングルコートタイプを所有していたときは,色目も緑がかると思っていましたが,比べてみた結果では明確な差は見られませんでしたし普通でした.ただ,このレンズはフィルタ径が 90mm と大きいため,フードの流用も難しく,またフィルタもめったなことでは見つかりません.

ブロニカはレンズの繰り出しを共通のヘリコイドユニットで行うために,このレンズを用いた場合,レンズの先端 15cm 近辺まで接写が可能である点も特筆に価します.

Nikkor-H 50mm F3.5



構成図は Nikkor Auto 28mm F3.5
このレンズはブロニカD型,つまり最初のブロニカと同時にデビューしたレンズです.レンズの表示はおそらく全て Nippon Kogaku 銘であり Nikon 銘のものはないと思いますが,焦点距離が cm 表示の初期のものも多くあります.後に8枚構成の Nikkor-0 50mm F2.8 に置き換わったためマルチコートタイプのものは存在しないと思われますが,広角レンズの割には枚数が少ないので,専用のフードを利用すれば十分でしょう.このレンズはフィルタ径 82mm と大きいのですが,巨大な専用の角型フードは数が多く,入手は割と容易です.

このレンズは非常にすっきりした描写でシャープかつ破綻がなく,最も気に入っているブロニカ用ニッコールのひとつです.特に夜景やイルミネーションを撮影したとき,その像が円形のまままったく崩れず,すっきりした描写を保つことは特筆に価するでしょう.これはコマ収差が良好に除去されていることを意味します.根本氏は以下の文献 [1] において,「やや乾いた感じに写る」と評していますが,まったく同感です.清流やクロムメッキの機械などを撮影したとき,ちょうどイエナのビオメターのように「濡れた感じ」に写るのは,ある程度のフレアによる演出である場合が多いのです.逆にあまりにフレアが少ないと,明るいと思っていたイルミネーションが,寂しいほど暗く写ってしまうことにもなりますが・・

さてこのレンズの構成は6群6枚,ニコンF用レンズで言えば Nikkor Auto から Ai-S Nikkor までの間発売された 28mm/F3.5 と同じ枚数構成です.ただし Nikkor Auto と Ai-S Nikkor では,レンズの並びは不変ながら,各エレメントの曲率や厚さは設計変更されているようです.もちろんブロニカの 1959 年12月発売,Nikkor Auto 28mm F3.5 の 1960年3月発売という事実を考えれば,Nikkor Auto と設計作業を共有していたであろうことは容易に推測されます.私はこの間の製品である New Nikkor 28mm F3.5 を所有していますが,レンズ表面に写りこむ照明の配置を比べると,ほとんど差がないことが分かります.実写でも,この New Nikkor はブロニカ用と同じように常にすっきりしたシャープな像を結び,発色もすばらしいと思います.また 1970年発行の文献 [2] では,Nikkor Auto 28mm F3.5 について,「コマ収差が非常に小さく,球面収差や非点収差とのバランスが良いのが特徴である.このため,開放絞りのままでもコントラストの高い鮮鋭な描写をする.」との記述があります.

なお通常,35mm カメラと 66 判カメラのレンズはまったく異なる設計を行う場合がほとんどです.なぜなら66判は正方形画面であるためミラーの長さが画面の対角線長さ(=イメージサークル径)に対して長くなり,35mm カメラのレンズをそのままイメージサークルに合わせて拡大しただけではミラーと後玉が衝突してしまいかねないからです.しかしブロニカは,初期には下降型ミラー,また EC 以降は分割ミラーを採用し,ミラーに触れるギリギリのところまでレンズを後退させられる設計なので,このような問題は起こりません.

Nikkor-O 50mm F2.8



このレンズは,ブロニカデビュー時から発売されていた 50mm F3.5 と後に置き換えられた,より明るい F2.8 のレンズです.レンズの構成は7群8枚,また写真のレンズは C 表示がありますから,マルチコートタイプとなっていますが,シングルコートのレンズのほうが多く見かけられます.レンズの表示は全て Nikon で,Nippon Kogaku 銘はないと思われ,また同様に焦点距離表示は mm 表示です.フィルタ径は 77mm です.

このレンズは,レトロフォーカスタイプのレンズとしてはより新しい設計と言え,前から続けて2枚の強力な凹レンズを配置するなど,前後のパワーバランスがいっそう強力なレトロフォーカスらしい配置となっています(レトロフォーカスタイプでは,前方に凹レンズ成分を,後方に凸レンズ成分を配置します).そのため,後玉はより前進し,ミラーから遠ざかっています.また後群をより明るい(口径の大きな)設計とすることにより F2.8 の明るさを確保しているため,前玉が F3.5 のタイプよりかなり小さく,フィルタ径も 5mm だけ小さく 77mm になっています.また他のニッコールレンズの例に漏れず,後期のものほど鏡筒が薄肉化され,軽合金の割合も増えているため,前玉が小さいことも相まって F3.5 とほぼ同じ重量となっています.こちらのフードも角型で立派なものです.

35mm 判用で,同様の画角・F値,枚数構成のニッコールレンズは,ニッコール・オート時代およびニューニッコール時代までのシフトレンズである PC ニッコール 35mm F2.8 が挙げられます(その後の PC ニッコールは,このレンズの張り合わせレンズを単レンズに簡略化した設計となっています).文献[2]に表示されているオート時代の PC ニッコール 35mm F2.8 と,このレンズの構成図(文献[3])を比べてみると,一部のレンズの厚みなどが同一とはいえませんが,パワー配置は同じとなっています.シフトレンズは 35mm 判用レンズでありながら,より大きなイメージサークルを持つため,イメージサークル全体の大きさに対する解像度の基準が高いと言うことが出来ます.そのため中判用レンズ設計のベースとするには最適と言えます.但し,シフトレンズはそのイメージサークルの大きさに対してフランジバックが短いので(35mm 判カメラに取り付けられればよいのだから),普通は66判のようなミラーが長いカメラにそのまま流用することは困難です.しかしブロニカは降下型などのミラー形態によってレンズをカメラ内部奥深くまで沈めることが出来ますから,問題がないわけです.

このレンズは標準の 75mm F2.8 と同じ明るさを誇り,35mm フィルム換算で 28mm 相当という広角レンズですので,広角レンズによる描写を好む人は,このレンズを「標準レンズ」として常用するのもまた良いのではないかと思います.また広角レンズで大きなボケを得たい場合でも,35mm 判で 28mm F1.4 相当のボケが得られるため,便利と言えるでしょう.

作例:ブロニカD, RDP3 300DPI 1200DPI

Nikkor-P 75mm F2.8


Nikkor-P 75mm F2.8

Nikkor-P.C 75mm F2.8


初期型(下)の絞り指標の Tick Mark
このレンズはブロニカD型が発売された時に標準レンズとして設定されたもので,長い期間発売されていたこともあって様々なバリエーションがあります.初期のものは,右上の写真と形は変わらないが Nippon Kogaku 銘で,焦点距離も cm 表示のものがあります.後に Nikon 表示となり,次にマルチコート化された Nikkor-P.C が発売されます.このレンズは下の写真のように,レンズの銘板がフィルタ枠直近に円盤状に記されるようになります.ただしレンズ構成は全く同一のようです.なおこのころから,6枚構成となったNikkor-H.C 75mm F2.8DX(下記)が併売されています.

Nikkor-P 75mm F2.8 は,シュナイダーのトロニエが設計した,いわゆる「クセノター」タイプの設計となっています.ツアイスイエナではビオメター型と呼んでいる,ペンタコン6用の標準レンズも,ブロニカ用ツアイス製ゼンザノンもこの形式です.このタイプは,ニッコールでは,Micro-Nikkor 55mm F3.5 に採用されていますが,F2.8 のものは存在しないので,おそらく専用設計であると思われます.

さてこのレンズは,標準レンズでありながら,ある意味個性的な,ニッコールらしいレンズといえるでしょう.それは「中心優先主義」と言えるような設計であると思われます.実際,開放から中心部の解像度は非常に高いですが,設計上,像面湾曲が残っており,開放で無限遠を撮影するような場合には,画面の隅では思ったような像を得られない場合があります.しかしそもそも中判ではフィルムの浮きが無視できないレベルとなることが多く,レンズの像面湾曲を徹底的に除去しても報われないことのほうが多いのです.まるで競技のようにテスト撮影するような場合はともかく,無限遠の風景を三脚も使わずに開放で撮影するほうが異常なこと・・とニコンの設計者が思ったかどうかは分かりませんが,ともかく実写の上ではシャープであることこの上ありません.ただ中距離にピントを合わせた場合の背景のボケは二線傾向です.また周辺部の光量低下も多いほうです.

これは,アサヒカメラ「ニューフェース診断室」におけるブロニカECのテストの項を見ても裏付けられます.このレンズの球面収差は非常に小さく,その量はほとんど計測限界以下であったということです.それに対して像面湾曲は大きく,中間画角に相当する18度近辺で 0.3mm もレンズ側へ寄っています.ただし非点収差はほとんどなく,この18度近辺までS像とP像の像面はぴったりと一致しています.つまり中間画角では,前ピンになるが,ピントが合えば中心同様にきっちりと解像するということを意味します.このような性格のため,平面を撮影するチャートテストや,開放で無限遠を撮影するテストでは周辺の解像度が劣って見えますが,上記のように無限遠を開放で撮るようなことは天体でもない限り異常なことです.また近距離でも,光軸に対し完全に垂直な平面を開放で撮ると言うようなことは,普通行わないと思います.開放で被写体を撮るときと言うのは,動体なのでシャッター速度を稼ぎたいか,意図しないところをデフォーカスしたいからであって,立体物を撮影するのが基本なのです.そして,そのような立体物を撮影する場合には,像面湾曲は,コサイン誤差を打ち消す働きがあるので,むしろ好ましい場合だってあるのです.先ほどの像面湾曲の値は,1m の距離で 5% だけ前ピンになることを意味しますが,これはちょうど,半画角18度の時のコサイン誤差の値と同じなのです.つまり距離 1m のところにある被写体については,画面の真中に被写体を捉えてピントを出し,その後カメラの向きを変えて画面の端のほうに被写体をずらしても,ちゃんとピントは合ったままになるということを意味するわけです.もちろん最初にフレーミングを決めて,それから端の被写体でピントを出してもきっちりと写るわけですが,中判カメラは画面の周囲が暗くて見にくいこともあるため,有効な設計といえるでしょう.またこのようなレンズがチャートテストやMTFでは評価が低くても,実写では優れた性能を示し,名レンズとしての名声を得るものです.

またこのレンズはブロニカの機械的特色,つまりミラーを下降式としたことによる光学的バックの短さを最大限に利用して設計されています.そのためレンズはボディの奥深くに沈み込んだように,すり鉢状の鏡筒の奥深くに鎮座しています.レンズの外装部は絞りリングのみ,といった趣です.レンズの最前面は,マウントの取り付け面よりも奥に位置するのではないでしょうか.またそのために鏡筒がフードの役割を果たすというメリットもあります.「ブロニカはフランジバックが長い,だからレンズも悪い」としたり顔で語る人物は本質を理解していないと思ってもいいでしょう.

Nikkor-H.C 75mm F2.8 (Nikkor 75mm F2.8DX)


Nikkor-H.C 75mm F2.8


75mm レンズのバリエーション.
左から,Kogaku 銘,Nikon 銘,
P.C タイプ, H.C タイプ

実写比較

このレンズは,H の文字で分かるように6枚構成のレンズであり,上で述べたブロニカの標準レンズ,Nikkor-P(5枚構成)に対しより高級なタイプとして並売されたレンズです.ブロニカにはニッコール以外にゼンザノンブランドでも多くのレンズが販売されており,それらのレンズの製造元も様々であったと言われています.特に標準レンズのバリエーションは例外的に豊富であり,例えばブロニカ EC-TL のカタログの末尾には「標準レンズ」と題して以下の5本が列記されていました.
   ニッコール75mmF2.8¥39,500
ニッコール75mmF2.8DX¥53,500
ゼンザノン75mmF2.8¥39,500
ゼンザノン80mmF2.4¥43,000
ゼンザノン100mmF2.8¥43,000
これらのうち例えば 100mm F2.8 は東京光学(トプコン)の製造と言われており,現在も非常に高い人気を誇るレンズです.またゼンザノンの 75mm F2.8 も東京光学,80mm F2.4 は富岡光学と言われており,これらは1年間しか販売されなかっただけに大変数が少ないようです.またこのカタログ発行の後に発売されたため上のリストには挙げられていませんが,ゼンザノン 80mm F2.8 はカールツアイス・イエナ製で,これは銘板にもその旨が記載されているという,いわば珍しい「ダブルブランド」のレンズです(このレンズも 39,500円で販売されていました).

このようにレンズスペックが微妙に異なったり,製造者が異なるために似たようなレンズを併売すると言うことはまだ理解が出来ます.しかし,この Nikkor-H.C は,スペック(焦点距離と明るさ)は Nikkor-P と違いがありません.これは純粋に,「高級タイプ」として設定されたレンズだったのです.実際,このレンズの定価は上の表のように群を抜いており,わざわざ名称に「デラックス」を意味する DX という文字が付けられている(レンズには DX の文字はありません)ことからも自信のほどがうかがい知れます.しかし,市場に現れる数は5枚構成の P タイプに比べずっと少ないものとなっています.

このような経緯を知ると,一体このレンズはどのぐらい P タイプと比べ性能が良いのか,という点が気になってきます.レンズの描写特性については好みが大きく影響するため,実際にはじっくり撮り比べてみなければなりませんが,ここでは簡単に過去のレポート等における評価を紹介したいと思います.

アサヒカメラのテスト記事「ニューフェース診断室」では,ブロニカECと同時にPタイプが,またブロニカ EC-TL と同時に H.C タイプがテストされています.しかし総合的には,意外に H.C タイプのほうの評価が良くありません.よく読むと一長一短のようであり,H.C タイプのほうが優れている部分も多いようですが,なにぶん価格差が大きいため「開発意図が不明」との結論となっています.しかし数値的には,H.C タイプのほうが周辺での像面の湾曲が小さく,また周辺光量も大きくなっており,周辺までの画質の均一性は向上しているようです.また球面収差曲線を見ると,P 型の収差状況はアサヒカメラのテストで用いられている「解像力テスト」に有利なタイプとなっており,それに比べて H.C タイプはツアイスのレンズに多い「コントラスト重視・均質性重視」となっているようです.

しかし個人的には,この H.C タイプはボケ味の改善を主目的として開発されたのではないかと思っています.P タイプは非常にシャープで,特に風景のディテールや質感の描写特性等の点で優れているようですが,しかし背景のボケに難点があり,時としてかなり強い二線ボケ傾向になるのです.また同様に大きなボケを作った場合,周辺部では口径蝕により滑らかなボケとはなりません.このような点で H.C タイプは大きく特性が改善されており,やわらかで滑らかなボケとなります.またハロが小さく撮影夜景などでは有利のようです.

結局,イメージで語ることになるのですが,P レンズは切れ味鋭い刃物とすると,H.C レンズは手触りの良い,品格のある家具のような感触がします.ポートレートや静物撮影,絞りを開かざるを得ない暗い場面を含め,常用には H.C タイプが,またモノクロでかっちりと撮影したい風景撮影等では P レンズを1,2段絞って撮影するのがそれぞれ良いように思えます.なるほど併売しただけのことはあるのだな,というぐらい実は性格の異なるレンズだと思います.簡単に撮り比べた結果を掲載しましたので,ご覧いただければ納得いただけるのではないかと思います.

Nikkor-Q 105mm F3.5 LS



このレンズはブロニカ用ニッコールとしては特異な存在です.つまりこのレンズにはセイコー0番シャッターが内蔵されていて,ボディ側のフォーカルプレーンシャッターのかわりにレンズ側のシャッターにより露出時間を調節します.そのため 1/500 秒の最高速でもシンクロ撮影が可能です.シャッターレリーズには,マウント内の絞込みレバーが用いられています.ボディ側のシャッターが押され,ミラーアップと同時に絞込みが行われたときに,その絞込みを感知してシャッターが走るわけです.しかし実際には,絞り込みからボディ側のシャッターが開放されるまでの間,レンズシャッターの作動を遅らせなければならないため,錘とバネを用いたタイマーが仕込んであります.そのためレリーズの瞬間には,わずかにカメラが光軸方向にねじられるような感触があります.

また,EC-TL と EC-TLII は,瞬間絞込み測光を実現するため,絞込みと同時にミラーアップを行わず,まず測光を行います.そのためタイムラグが長く,このレンズは仕様上,この2機種では利用できないことになっています.しかしこれはわずかなタイミングの問題であり,私の手持ちの個体では,なんとか利用可能なようです.

同じようなコンセプトのレンズはマミヤ645などにも見られますし,フォーカルプレーンシャッターを搭載したハッセルにCレンズを装着した場合などにも似ています.ただしこのレンズを発売することを,ボディの設計時では予測していなかったと思われ,そのせいでレンズ側のシャッターチャージを,ボディ側のクランク巻き上げとは別に行わなくてはなりません.しかしハッセルのCレンズと同様に,このレンズはレリーズ後,シャッターが閉じたままになるので,ボディをチャージしたがレンズは忘れていた・・ということは起こりません(画面が真っ暗となるため.)またボディ側の絞込みボタンを押すとシャッターが走ってしまうため,(シンクロ同調のテストにはなるが,絞込みの用はなさないため)レンズ側に専用の絞込みレバーがあります.これは操作している間だけ絞り込まれるタイプであり,ハッセルのレンズのようにリセットの操作は要りません.またハッセルと同様,レンズシャッターの露光が終わるまでにボディ側のシャッターが閉じることのないよう注意する必要があります.

シャッターがセイコーの汎用品であるため,M/X/V の切り替えももちろん搭載しています.特にVのモードにし,ボディ側をタイム露出(バルブにして,シャッターボタンを押下後,ロックする)にすれば,セルフタイマー撮影が可能である点は面白いといえます(しかし私の所有する個体では,セイコーシャッターらしく?セルフタイマーが走らなくなってしまっています.)

このレンズはボディへの装着の上でも変わっています.つまり,他のブロニカ用ニッコールのようにヘリコイドユニットを共有せず,ボディからヘリコイドを外し,大バヨネットマウントに直接取り付けます.そのため明るさの割には相当重いと感じます.また,ヘリコイドが取り外せない,初期のD型とS型には取り付けることが出来ません.リアキャップはアルミ削り出しの相当ごついものがついています.

レンズは Nikkor-Q という表示からも分かるとおり四枚構成で,テッサー型です.同焦点距離・明るさのレンズとしては,69判であるマーシャルプレスに搭載されたレンズが挙げられますが,比べてみるとそっくりであり,おそらく売れ行き不振のマーシャルプレスから流用されたのではないかと思われます.他には,アイレスフレックスのレンズも F3.5 のテッサー型ですが,こちらは同じフォーマットでも焦点距離は 75mm であり,反射光の配置も異なって見えるので設計は異なると思われます.マーシャルプレスは専用にレンズが設計されたとのことですので,この時点で設計が更新されたのでしょう.このレンズは標準レンズと同様,レンズが奥まった配置となっていること,レンズの構成枚数が少ないことなどから,非常に鮮やかな発色を示します.ブロニカ EC 系はやりすぎとも思えるほど徹底した内面反射対策をとっていることもあり,とにかく濃い発色です.また解像度も十分であり,F3.5 の標準画角では,このタイプが発明された時点ですでに完成していたのではないか・・との思いがよぎります.しかしその描写の硬さからか,根本氏も[1], 「絞り開放から安定した描写を示すが,スタジオのポートレート用として見るとやや魅力に欠けるかもしれない」と述べています.

Nikkor-Q 135mm F3.5



構成図は GN NIKKOR 45mm F2.8
このレンズも最初のブロニカがデビューしたときに同時に用意されたものです.構成は3群4枚のテッサー型です.人物撮影や風景撮影に使いやすい中望遠クラスで,明るめで軽量であることから比較的良く使っています.ブロニカはボディヘリコイドであるため,焦点距離が長くなるほど倍率が小さくなってしまいます.その点このレンズは,標準的な 1/10 倍程度までなんとか寄れるので,200mm などよりは使いやすいと言えるでしょう.

これは私が持っているレンズの中では最も古いものに属し,レンズの銘は Nippon Kogaku, 焦点距離表示は cm 表示です.それだけではなく,各絞り値から指標の白線が引き出してある,いわゆる tick mark 付き(これは,ニコンF用の初期のレンズで用いられる用語)となっています.75mm レンズなども同様に,初期のものは tick mark 付きとなっています.ただしそのためかコーティング色も非常に薄いのですが,幸いレンズ枚数が少ないため,適切にフード処理などをすれば大きな問題はありません.

レンズは,この鏡筒の先端部分に集中して配置されており,その様子からこれもテッサー型だと思われます..安直な気もしないではありませんが,このころのニッコールの例に違わずしっかりと組んであり,設計上望まれた性能はきっちりと出ていそうです.このぐらいの焦点距離,明るさは最も設計が楽な部類であると言われますし,大判レンズでも旧態依然とした単純な構成のレンズがほとんどであることを考えれば,レンズの枚数が全てではないことはわかるでしょう.しかしまた中望遠であればそこそこの収差も味として受け入れられやすく,期待する向きもありますが,このレンズもまたそつなくまとまった描写を示し,例えば 35mm 用のプラナー 85mm/F1.4 の独特の味のようなものは演出されていないと感じました.ただ他のニッコールでは9枚絞りのものも多いのに,私が所有するこのレンズは焦点距離の割には絞りが6枚と少なめであるのは残念な点かもしれません.

Nikkor-P 200mm F4 前期



このレンズは最初から用意されていたレンズではありません.なぜならブロニカは当初,望遠系に関してはS型ニコンのレンズを流用するように考えられていたからです.S型ニコンのうち 180mm 以上の望遠レンズは,レフボックスという簡易一眼レフ撮影装置を介して取り付ける方式だったので,フランジバックの面ではブロニカを上回る長さでした.ブロニカ専用のマウントを持つレンズもあったようですが,S型レフボックス用のレンズをブロニカD,Sの大バヨネットに装着するアダプターも存在します.

閑話休題,この 200mm レンズは,ブロニカのヘリコイドユニットを共有する(小バヨネットに取り付ける)レンズとしては最長の焦点距離を誇ります.そのため最短撮影距離が 2.8m(D型・S型に取り付けた場合)から 3.3m(C型以降に取り付けた場合)と長く,専用のクローズアップレンズが付属していたことでも有名です.

このレンズはブロニカデビュー当初から用意されていたのではないにせよ,割と初期に出たレンズであることから,いくつかのバリエーションがあります.その中でも,下に挙げたものとは明らかにレンズ構成が異なるため,私はこれを前期型と読んでいます.前期型の中でも,このレンズはフードが組み込まれたタイプですが,最初期のものはフードが内蔵されていないものがあります.またこのレンズは Nippon Kogaku 銘ですが,後期型のレンズにも Nippon Kogaku 銘のものが見られるので,このレンズでは Nikon 銘のものはないかもしれません.またマルチコートタイプは存在しないと思われます.

このレンズは上記のように寄りが効かないので,自然と風景撮影などに用いることになりがちですが,ブロニカには無限遠からピントが出るベローズが何種類かあるので,気になる方はそれを用いると良いでしょう.このレンズは,フィルタ枠,組み込みフードなどが大変肉厚で,非常に頑丈に作ってあるという印象がありますが,極端に重いわけではありません.ただやはり 135mm 以下のレンズよりも長く重いので,ボディのヘリコイドを使った場合でもフォーカシングが重く感じられる場合があります.このレンズの後玉はぎりぎりまで大きく,なかなか贅沢な印象があります.

Nikkor-P 200mm F4 後期



このレンズは,上の前期型 200mm と,焦点距離・F値とも同一のレンズですが,明らかにレンズの設計が変更されており,私は後期型と呼んでいます.後期型は前期型に比べ前玉後玉ともに小さく,全長もやや短くなっています.前期型にもいくつかバリエーションがありますが,後期型でも組み込みフードの一段太くなっている部分にローレットが刻まれているものなどがあり,Nippon Kogaku 銘のものもあるようです.

このレンズは最終型で,C 表示で分かるように,マルチコートタイプとなっていますが,シングルコートのもののほうが多く見られます.他のレンズと同様に,軽合金の割合が増えていると思われ,また各部の肉が薄くなり軽量化されています.特に前期型はフィルタ枠や組み込みフードなどの肉が大変厚く,がっちりした丈夫なつくりになっていますが,このレンズはより薄く軽量化されています.前期型には備わっていた,フード収納時のクリックロックなどもありません.

Nikkor-Q 400mm F4.5



このレンズは,上の 200mm までのレンズ群とフォーカシングヘリコイドを共用するレンズではありません.フォーカシングユニットという,レンズ繰り出し用ヘリコイドと自動絞り機構を格納した装置(写真では,マウントから三脚座のところまで)を介して,レンズヘッドとボディの間を接続して利用します.上記の200mm までのレンズ群は,レンズ内に絞りを持ち,ヘリコイドのみをフォーカシングヘリコイドで共用しますので,機構としては異なることになりますが,繰り出し機構を共用するというアイデアは共通しているといえます.

しかも,このレンズヘッドとボディを接続するフォーカシングユニットには,ニコンF用とブロニカ用の2種類が発売されており,ニコンF用とレンズヘッド部分はまったくの共通品です.つまりこのレンズは,東京オリンピックの頃にデビューした,ニコンF用の超望遠レンズ 400mm F4.5 そのものであるわけです.ニコンFでは,そもそも中判フィルムをカバーするイメージサークルを持つこのレンズの中央部分の像のみを利用していることになります.ニコンF用には,このフォーカシングユニットを利用するレンズとして 400mmF4.5, 600mmF5.6, 800mmF8, 1200mmF11 の4種類がありましたが,これらは全てブロニカ用としても利用可能です.

ブロニカ用フォーカシングユニットの三脚座にも,90度ごとにクリックストップが設定してあり,カメラ回転角固定用のネジもあるため,縦位置・横位置の変更は容易ですが,66判でどれほどの意味があるのかは不明です :-) このレンズも組み込み式フードを搭載しており,レンズヘッド先端の太い部分の外周全体がフードとして引き出せます.このフードとボディには互いにネジが切ってあり,格納位置で固定することも,引き出した位置で固定することも可能です.またこのレンズは前玉がレンズ前端から 5cm ぐらい後退した位置にあるため,その分がフード効果を持つだけでなく,組み込み式フードの長さも 10cm ほど確保されています.

このレンズは 400mm という焦点距離の割に非常に大きく,重く,持ち出すのにかなりの気合が必要なレンズです.しかし半分の焦点距離の上記の 200mm レンズに比べ,1/3 段ほどしか暗くないのは特筆に価するでしょう.またより焦点距離の長い3つのレンズは,後に ED レンズ化されているのに比べ,このレンズだけは ED レンズバージョンが出ていません.そのことからも,十分な性能を有していたと考えることも出来るでしょう.ファインダ像を覗いただけで,その高いコントラスト,シャープネスが分かるレンズと思います.

Nikkor-P 600mm F5.6



このレンズは,上の 400mm のレンズフォーカシングユニットを共有するレンズです.そのため2本とも持っていく場合でも,荷物を小さく軽くすることが出来ます.上でも書いたように,ブロニカからはフォーカシングユニットが供給され,ヘッドはニコンから購入・・というような形態ではなく,一体のレンズとしてブロニカから提供されていたことがこの元箱からもうかがい知れます.

ニコンF用のフォーカシングユニットも同様に自動絞り機構を有していますが,レンズヘッドとして様々な開放F値のレンズを利用する関係上,絞りリングの回転角をボディ側に伝達するための機構を有しておらず,測光は絞り込み測光になります.ブロニカでも同様の操作となりますが,ブロニカEC-TL や EC-TLII のAEは瞬間絞込み測光のため,AE撮影も可能である点は特筆に価します.フォーカシングユニットの絞りは最もF値の明るい 400mm F4.5 レンズに合わせ,F4.5 - F22 となっています.しかしこの 600mm F5.6 を利用する場合は,F5.6 より開いても意味はありません.また 800mmF8, 1200mmF11 の場合は,フォーカシングユニットの絞りを利用すると蹴られが生じるということで,フォーカシングユニット側の絞りは常に開放に設定し,レンズヘッド内の絞りを絞って(普通絞りとして)使うことになります.

600mm という超望遠であり,またその重さや長さから手持ちもほぼ不可能なのではないかと思います.しかし 35mm 判で言うところの 300mmF2.8 と同様の画角と口径を持つレンズですから,背景を大きくぼかして被写体を浮き上がらせたいような場合には良いのではないかと思います.ED レンズではないということで,画像に不安があるかもしれませんが,実際は結構シャープなレンズだと思います.ただし周辺部に向かうにつれて,直射日光が反射しているようなコントラストの高い部分では倍率色収差によるエッジへの色付きが感じられることがあります.

参考文献

当ページでは,以下の文献を参考にしました.特に文献[1]は非常に参考になりますので一読されることをおすすめします.