キックスターター式バイク

現在の4輪車はみな,バッテリーの電力でモーターを回し,それによりエンジンを始動するセル式(セルフ式)となっており,手動式(車の前に飛び出したクランクを回すタイプ)は博物館やクラシックカーイベントでしか目にすることがない.それに対し2輪車はまだ人力によるエンジン始動が命脈を保っており,有名なものではヤマハのSR400がそうである(ただし排ガス規制等のため燃料供給はインジェクション式となっており,バッテリーが上がってしまうとエンジンはかからないそうだが).これらのバイクでは車両の横についているペダルを足で踏み降ろすことでエンジンを始動し,これをキックスターターと呼ぶ(現在ではクラウドファンディング支援大手のほうがすっかり有名になってしまったが).ここではいくつかキックスターター式のバイクを紹介する.各車の詳細についてはこちらを御覧いただきたい.

Cleveland FX110

Celevelandは米国企業で,変わり種のバイクを企画・販売している(製造はアジア圏である).FX110は軽量で走破性の高いバイクで,特徴としては前後のホイールサイズがともに21インチと大きいことである(多くのオフロードバイクはリアが18インチ).エンジンはスーパーカブなどに使用されているものと同じ形式の横型エンジン(シリンダーが前向きに寝ているエンジン)で,遠心クラッチ式であるためクラッチレバーがなく,かわりに左手側のレバーはリアブレーキとなっている.乾燥重量は83kgと軽量で,エンジンがコンパクトであることから腹下の最低地上高も高く,滑りやすい路面でも遠心クラッチでじんわりと駆動力がかかることから,普通のバイクでは躊躇しがちな急坂でも難なく登ってしまう面白いバイクである.登坂時に重要なリアブレーキが左手操作であるので両足をついたまま坂道発進ができるなどよく考えられているが,他のバイクに乗り慣れていると少し戸惑うかもしれない.

軽量化のためか始動はキックスターターのみとなっているが,エンジンが110ccと小さいこともあって始動は容易である.バッテリーはオリジナルでは搭載されている(最初の写真の黄色い部分)が,実際にはほとんど必要ないので撤去してバッテリーレスキット(電気二重層コンデンサ)を装着しバッテリーレス化した.数時間経つとコンデンサは放電してしまうためニュートラルランプが点灯しなくなるが,ニュートラルでなければキックペダルが降りず危険はないし,走行後しばらくは電力が残っているので,少し休憩したあとならニュートラルランプが確認できる.

Honda XR250

このバイクもオフロード車で,空冷・単気筒である.軽さを重視するオフロード車にはもともとキックスターターのみの車種が多いが,このXR250は1995年のデビュー当初からセルモーターが搭載されていた.しかしバッテリーあがり時などの非常時のために後付けでキックスターターを装着することができる(オプションが設定されていた)ため,この車種では2割前後の車両にキックペダルがついている.この車両はフロントフォークが倒立タイプになった2005年モデルで,冬場はあまり乗らないことも考慮してキックペダル付きの車両を探して購入した(結果的には冬場にもバッテリーが上がることはなかったが).せっかくセルモーターもついているので,この車両ではバッテリーレス化は行わなかった.

FX110よりはかなり重くなったとはいえそれでもかなり軽量で,かつ排気量は倍以上,パワーはカタログスペック上では28psと4倍にも上るため,非常に汎用性の高いバイクである.特にこの後期型はフロントフォークの剛性が高まったためか高速走行も安定しており,ブレーキング時にはオフ車らしくフロントサスが大きく沈み込むもののその速度はよくダンピングされており不安定になりにくい.燃費の良さや積載性の高さ,小回り性なども相まって,路面も用途も選ばない便利なバイクである.

Honda NSR250R

この車両は1988年製,つまり昭和の時代の2ストロークバイクである.当時はレーサーレプリカと呼ばれるこのジャンルのバイクが大ブームとなり,過剰な性能競争がメーカ間で繰り広げられた.この88年式NSR250Rは2万台以上売れ,当時の最多量販車種となった,まさに時代を象徴する車両である.行き過ぎた性能競争の結果,この年式のNSR250Rでは配線を1本抜くだけで自主規制値である45psを大きく超える出力を容易に開放でき,後軸出力でも60ps近い出力が簡単に得られ他メーカからクレームがついたという.NSR250Rはどの年式にもそれぞれ美点と特徴があるようだが,この88年式は特に同時代の他メーカ車よりも圧倒的に高性能であった(これは当時の市販車レース結果が証明している)ことから半ば伝説化しており,いろいろな意味を込めて「ハチハチのNSR」と呼ばれる.

この年式のNSR250Rはリアタイヤが18インチで,現在となってはタイヤの選択肢が限られるが,この車両ではリアスイングアームを1990-1993年式に採用されていた「ガルアーム」に換装されており,同時にリアホイールも17インチ化されている.そのため最新のハイグリップなラジアルタイヤを装着することができ,当時は曲がりにくいとか,過剰なボディ剛性と言われたシャシが今となってはよくバランスしているようである.NSR250Rは1987年の初代から1999年ごろの最終モデルまでエンジン型式は変わっておらず(小改良は毎年のように行われているが),すべての車両でセルモーターは搭載されておらずキックスターターのみである.ただし2ストロークエンジンは圧縮比が低くカムシャフトもないことから抵抗が小さく,キックが軽い上にエンジンがかかりやすく,冷間でも軽く2回ほどキックすればエンジンがかかるのでまったく不都合はない.上のオフ車2車種に比べてもエンジンをかけるのは容易である.

NSR250Rはそのままサーキットを走れ他メーカ車に勝てるよう究極の性能を求めて設計されており,今の250cc車では考えられないほどの充実した装備がおごられている.例えばフロントブレーキはダブルディスクで,ブレーキキャリパーは左右それぞれ異径対向4ポッドタイプが装着されている.断面が「目」の字の形になっているメインフレームやスイングアームを含め主要な大物パーツはほとんどアルミ製で,ベアリングや小さなブラケット類,ボルトなど物性的に必要がある部位を除き,鉄はほとんど使われていない.当時の過当競争もさることながら,ブームを背景にした発売台数の多さがこれを可能にしたと言われ,現代では同様の車両は作れない(ペイしない)と言われている.ただし1988年式としては電子化の度合いは高く,点火時期だけでなく排気デバイス(RCバルブ),分離給油ポンプ,キャブレターなどが電子制御されており,バッテリーの安定な電力なくして本来の性能発揮は難しい.つまりキックスターターは主に軽量化のために採用されていると言える.

当該車両(上の写真の車両)は灯火類や外装がカスタム化されており,白くペイントされている部分でオリジナルの部品は燃料タンクだけである.前述のようにリアスイングアームとリアホイールが後の年式のものに交換されているほか,ラジエーターも湾曲タイプに交換されているが,他の部分はオリジナルを保っている.2ストローク車らしく低回転では(十分なトルクはあるものの)並のエンジンに感じられるところ,7000rpmを超えたあたりから予想を超える急激なパワーの盛り上がりを見せ,とても250ccとは思えない加速力を発揮する.とても軽量なバイクであるが剛性も極めて高く,路面の変化にも不安を感じさせない.ほぼ日本専売車種であり日本人の体格を前提に設計されていることや足つき性がよいことなどもあって,「じゃじゃ馬」のように言われる世評とは異なりとても乗りやすいバイクのように感じられる.エンジン性格の二面性や2ストローク車独特の音,シフトペダルなど各操作部位の高い節度感,コンパクトで細い車両サイズによるフィット感の高さ,そして漫然と低回転で走行するとかぶりやすく,ある程度ムチを入れてやらねば機嫌を損ねる点などもあって,車両と対話しながら走らせることの濃密さを十二分に味わえる.