センチュリー・グラフィック23とホースマン980

2016年1月

テクニカルカメラ(テクニカルフィールドカメラ、プレスカメラ)は極めて応用範囲の広い万能カメラである。手持ちで素早く写したい時には距離計でピント合わせをすることができ、一方でシフトやティルトを駆使した高度な絵作りや、マクロ撮影での厳密なピント合わせをしたい場合にはピントグラスによる作画も可能である。ここでは中判フィルム専用でかつ距離計を備えたテクニカルカメラのうち、国産の雄であるホースマンから980を、また小型軽量な機種として米国グラフレックス製のセンチュリー・グラフィック23を取り上げて紹介する。

この2つのカメラは互いにかなり似通った部分が多い。それもそもはずで、ホースマンはグラフレックス社のカメラ(と、リンホフのスーパーテヒニカ)を参考に作られたカメラだからである。特に後部のフィルムバック取り付け部はグラフレックス社が開発した規格「グラフロック」をホースマンも採用しており、後に述べるようにこの部分には完全ではないものの互換性がある。そのような中でこれら2台のカメラの最大の違いは、その素材と重量だろう。ホースマンは全金属製で非常にがっしりした作りであるかわりに重く、それに対しセンチュリー・グラフィック23は樹脂を上手に使い、また全体としても小型化を重視して作られている。

重量(実測値)を比較すると以下のようになる。

ホースマン980
トプコール 105mm F3.5
センチュリー・グラフィック23
クセナー 105mm F3.5
本体+レンズ 1981g 1359g
フィルムバック 559g 325g
ピントグラス 243g 173g
総合計 2783g 1857g (66.7%)
本体+レンズ+フィルムバック 2540g 1684g (66.3%)

要するに、おおよそ(というよりはかなり正確に)、センチュリー・グラフィックはホースマンの重さの 2/3 なのである。この違いはかなり大きく、手持ちで撮影する気になるか、ならないかの境目がその間にあると言っても過言ではない。他のカメラと比べてみても、例えばレンズ交換可能なフジカ GL690(本体 1140g, 100mm F3.5レンズ 605g, 合計 1745g)よりも軽く、操作が複雑なかわりに豊富なシフト・ティルト機能や接写能力を持ち、畳めば小さく閉じた形状になることを考えると悪くない選択肢であると思われる。

レンズムーブメント

これらのカメラでは、普通に距離計でピントを合わせ、ファインダでフレーミングして撮影することができ、意外とそのような単なる「距離計連動型カメラ」として使っても実用的である。それに加え、以下で紹介するような豊富なレンズムーブメント機能があり、パースの修正やピント面のコントロールが可能である。

上の写真はレンズを左右にシフトしたときの様子である。ホースマンではレンズボード下の銀色のつまみを緩めると左右へのシフトが出来る。センチュリー・グラフィックではレンズボード下の板バネを押し下げると左右スライドのロックが解除される。シフト量はホースマンのほうがかなり大きいが、レンズのイメージサークルの問題が生じる。トプコールにはイメージサークル径がレンズに記載されており、このレンズは125φなので、左右シフトは13mm程度までに制限される、例えば後に示すスーパートプコール 90mm F5.6 はより大きなイメージサークル(150φ)を持つのでシフト量に余裕がある。

上方へのレンズシフトをライズと呼ぶ。上の写真で、センチュリー・グラフィックは最大量までライズしているが、ホースマンはもっと大きく動かせる。ただしこのような標準レンズ・遠距離撮影の状態だと蛇腹がボディに干渉し、これよりも上げることはできない。より焦点距離の長いレンズを使うか、近接撮影にするとより大きくライズすることが出来る。

左右のシフトと上へのライズのみであればピント面は変化しないため、距離計を用いてピント合わせが可能である。センチュリー・グラフィックの場合、フレームファインダーを用いることでピントグラスなしにおおよそのフレーミングも出来る。フレームファインダーは大変なすぐれもので、シフト・ライズによる構図の変化が分かるだけでなく、焦点距離が異なるレンズをつけたときの画角の変化や、レンズを繰り出して近接撮影するときの画角の変化も確認できる。フレームの幅と高さは画面サイズの約90%程度となっている。

ベッドダウンとティルトの組み合わせの例。どちらの機種でも、ベッドを支える斜めのたすきを下へ押し込むことでさらにベッド(レール)が水平よりも下に傾けられる。ベッドダウンは非常に応用範囲が広い。

どちらのカメラでも、ベッドダウンの角度と上方ティルトの最大量が一致しているので、いっぱいにレンズを上方ティルトするとレンズとフィルム面の平行を保つことが出来る。ただしフィルムからレンズまでの距離は変化するので、距離計によるピント合わせは出来ない。

レンズのスイング(左右方向への回転)。この機能は、センチュリー・グラフィックには備わっていない(リンホフにもない)。

レンズの下方ティルトもセンチュリー・グラフィックではできないが、前述したようにベッドダウンを使えば同様の効果が得られる。

なおホースマンでは、フィルムバック側を引き出して自由にティルトすることも出来る。このためには、ボディ左右のフィルムバック寄りにつけられたノブを緩めてバック基部を後ろへ引き出す。4箇所の引き出し量を変えることでバック側を傾けることが出来る。

アクセサリ比較

フィルムバック側から見たところ。フィルムの巻き上げ方式は、写真のホースマン用ではレバー式で、一方センチュリー・グラフィックはノブ式だが、後者も巻き上げは軽く、コマ間も安定していて不都合はない。引き蓋が右側へ突出しているので、距離計がなくても幅はそんなに小さくならない。ホースマンは突出量が小さいように見えるが、そもそもボディの幅が大きいからそのように見える。

ピントグラスのフード。ホースマンは左右に布を用いているが、センチュリー・グラフィックは全金属製である。フードは、ホースマンでは左ヒンジで回転するように退避できる(ルーペを用いて端の方でピント合わせするときには、フードが邪魔になるので、どけられるようになっている)が、センチュリー・グラフィックではまるごと取り外すようになっている。

ホースマンではレンズの焦点距離に合致したカムを用いることで、レンズ交換しても距離計を連動させられる。センチュリー・グラフィックの場合、距離計内部を調整することで標準レンズに近い焦点距離のレンズであれば距離計を連動させられるが、その調整にはかなり手間がかかる。

ホースマンのカムはベッドの下部に取り付けられており、工具無しで交換できる。リンホフは3本のレンズに対応したカムが一体化しているためレンズの追加購入などが難しいが、ホースマンでは問題ない。ファインダー下のボディ内に交換用のカムを2本収納できる。

フィルムバックは、グラフレックスが提唱したグラフロックバックをホースマンも採用しており、ある程度の互換性がある。しかし細部の形状が異なり、実際には(ここで紹介する機材の組み合わせでは)センチュリー・グラフィックのフィルムバックがホースマンに付くだけである。

フィルムバックの取付面を見ると、ホースマンのバックはフィルムアパーチャ周囲に出っ張りがあり、これがセンチュリー・グラフィックには入らないので取り付けができない(後の黒色のフィルムバックでは装着できるという情報もある)。いずれにせよ遮光部分の形状も異なるので、バックフォーカスの誤差や光漏れなどの危険性を考えると交換して使わないほうが良いように思われる。なお、ピントグラスは取り付け部の向きが逆になっていて互いに互換性がない。

センチュリー・グラフィック23は軽量化のため樹脂外装となっているが、要所には金属が使われている。また樹脂の部分も肉厚で丈夫なもので、特に強度的な不安もない。グラフレックスは樹脂の採用に力を入れていたようで、「マホガナイト」という名称を付与して特許も取得していたようである。

センチュリー・グラフィック作例

ここでは、シュナイダー製のクセナー 105mm F3.5 レンズを搭載したセンチュリー・グラフィックの作例を掲載する。いずれも距離計を用い、手持ちで撮影したものである。

ほぼ開放絞り・最短撮影距離付近で撮影した例。背景のボケに不自然さがなく、非常に立体的な描写である。

このとき、撮影に同行した弟がたまたまこのカットを撮影する様子を写真に収めていたので掲載しておく。ハンドストラップの代わりに、一眼レフ用のストラップをつけて移動中は肩から下げられるようにしている。

F5.6程度に絞って撮影した例。緻密な描写でコントラストも高く、使いやすいレンズである。

カラート距離計の整備

入手したときのセンチュリー・グラフィック23は全体の状態は良好であったが、距離計だけは極めて薄く劣化しており、ほとんど二重像が見えなかった。分解して調べてみると、ハーフミラーの蒸着が失われてほとんど素通しのガラスとなっていた。そこで光学部品の専門業者から薄手のハーフミラー(反射率50%)を購入し、切り出して接着した。元のハーフミラーは非常に強力な接着剤で埋め込んであったため、割ったり削ったりして外す必要があった。接着には2液混合型の接着剤を利用したが、この際に保持台底面とガラス面の直角性を正確に出しておく必要がある。そのためには平らな机上に正確に直角に出来た物体を置き、これに保持台を粘着テープ等で固定する。またハーフミラーは薄手の平面板に固定し、それらを用いて接着剤が固化するまで両者を直角に保持すると良い。

新しいハーフミラーを距離計に装着した様子。距離計の左右ずれ(普通の距離計の上下ずれに相当)はハーフミラー保持台のネジで調整ができ、最後の微調整はカバーを取り付けた後でも距離計前面のネジにより調整できる。距離計の上下(普通の距離計の左右に相当、距離の変化で像がずれる方向)は左側のプリズムの背面でおおよそ合わせておけば、最後にレール最後端の偏心ネジで微調整が出来る。左のプリズムは全反射を利用しているので蒸着されておらず、反射面の裏側を清掃するだけで反射率が改善できる。