ブロニカD そのこだわり

スクリーンの浮き文字

上は,ファインダスクリーンを上から撮影した様子ですが,1つ変わったところがあります.下辺中央に,ZENZA BRONICA という文字がありますが,ウェストレベルファインダでは左右逆像のはずなのに,これは正像の表文字です.実は,ブロニカDのスクリーンには,左の写真のようにカメラ名が浮き出るように細工してあるのです.撮影には,むしろ邪魔なものではありますが,上の写真は目立つような条件で撮ったものであり,実際は問題ありません.まあ,撮影の実用性よりも,このような満足感を演出するようなアイテムがあるということは,やはりヲタク的カメラであると言わざるを得ませんが・・

ちなみに上の写真で,被写体となっているのは,ゼンザブロニカ EC-TL です.この写真ではあまりわかりませんが,ブロニカDのスクリーンは大変明るく,かつピントが合わせやすい,非常にすばらしいものです.また上の写真でわかるように,非常に最短撮影距離が短い(標準レンズで 50cm)のもブロニカDの美点です.

ルーペの浮き文字

上のマークは,いわゆる「光学マーク」ですが,ちょっと不思議な映像です.実は,これはルーペのレンズに刻まれた文字なのです.これもルーペの下隅に非常に薄く刻まれており,のぞいた状態ではまったく意識されません.ブロニカは基本的にレンズが日本光学製ですが,このルーペも日本光学で作られたということなのでしょう.ただしこのマークは,TOKYO の文字がない簡略タイプですね.

ちょっと離れて,やや上のほうから,スクリーンの下辺あたりを覗くと・・日本光学のマークとブロニカのマークが重なり合う,これがまさにゼンザブロニカの本質ではないでしょうか.ちなみに左の写真のように,真上から見るとこのマークはほとんど見えません(ルーペの表面に映り込んでいるのは COOLPIX 910 の NIKKOR です).

パテントリスト

この6桁の数字の羅列は,このブロニカの開発にかけられた8年の歳月の結晶です.このような数字で誇示しなくても,ブロニカDは手にとるだけでそのユニークさがありありと感じられるカメラですが,ここでまた,その独自性を主張しています.ボディデザインはハッセルにとてもよく似ていますが,内部構造は違うものなのだ,ということを語っています.

このパテントリストは,ファインダーフードの背面の板に刻まれています.これら1つ1つを,特許庁ウェブサイトで検索して調べてみる・・というのもおつなものではないでしょうか??

オートマット式フィルムバック

ブロニカDのメカニズムの中でも,真骨頂といえるのが,この初期型フィルムバックでしょう.現在ほとんどの中判カメラでは,通常,フィルムをセットしたときにスタートマーク合わせが必要な,いわゆるセミオートマット式のものがほとんどです.しかしこのフィルムバックでは,それが必要ない,いわゆるフルオートマット式となっているのです.つまりフィルムを装てんするだけで,あとは本体側の巻き上げノブ,もしくはフィルムバック側のノブで巻き上げていけば自動的に1コマ目が画面に現れます.当時はローライの2眼レフがこのような方式を採用しており,善三郎氏は,究極のカメラを製作するにあたって,この機構が必須と考えたのでしょう.ただしローライのように,ローラーの間にフィルムを通す必要はないように考えられています.

このフィルムバックの特徴は,それだけではありません.通常,このような「マクワウリ型」の中判一眼レフでは,Ω型にフィルムを装てんするため,圧板左右のローラーによりフィルムに折れ癖が付き,その部分が画面内へ巻き上げられた時,フィルム平面度が低下してしまうという問題があります.そこでブロニカDを開発するにあたっては,かの有名な東大・小穴純教授に指導を受け,送り出し側のフィルム経路の曲率を小さくするとともに,画面全体にわたって均一な曲率が与えられるようにこのようなフィルム経路が設定されました.そのためややフィルムの装てんが複雑になりましたが,私見では通常のΩ型とは大差ないと思います.ただし,「オートマット式としたために,フィルム装てんが複雑となった」との説は間違いだと思われます.

さらにこのフィルムバックに関して,取扱説明書には,"exclusive film tension system" という機能があると説明されています.フィルム送り出し時には後退していたテンショナーが,巻き上げ終了時にせり出し,フィルムにテンションを与えつつフィルムに傷をつけるのを避ける働きがあるということです.おそらく,オートマット用のフィルム検出用突起が併用されているのではないかと思います.

なお,後期型のフィルムバック(巻き上げノブおよびフィルムカウンタが,やや上方に位置する.このウェブサイトのものは,後期型),およびS型以降のモデルでは,通常のスタートマーク合わせ方式となっており,フィルム経路も普通のΩ型になっています.

フラッシュガンアタッチメント

これを見ると,ブロニカDはアクセサリまで大変こだわって造られていたことが良くわかります.フラッシュガンアタッチメント(またはフラッシュガンアダプター)という名称が示すとおり,このアクセサリはフラッシュをカメラに取り付けるためのもので,ボディのセルフタイマー・長時間露出ダイヤル(ブロニカS以降では,シャッターダイヤル)内側のマウントに取り付けられます.このバヨネットマウントは4本爪で対称に作られているので,90度ごとに4通りの装着が可能です.写真ではアクセサリシューが水平となる向きに装着していますが,これより90度ずらし,カメラと反対側の部品が縦になるように装着するとフラッシュガンを取り付ける状態になります.

このアクセサリで凝っている部分は,まずその装着方法です.中ほどに花びら型の部品がありますが,これを手前に引きながらカメラへ差込み,45度ひねると装着が完了します.この花びら部分は大変スムーズに引くことが出来,工作精度の高さをうかがわせます.また,ボディ側のマウント中央にはシンクロ端子があり,ここにノーコードで接触するような接点が仕込まれており,これも当然バネで圧接されるように出来ています.

もう1つ凝っている部分は,アクセサリシューとは反対側のシンクロソケットです.ソケット外周の部分を回転させることが出来,差し込んだコードが抜けないように固定することが出来ます.ソケット内部には小さな硬球が8個ほど仕込まれており,またソケット内部が円錐状に加工されているようで,コネクタを差し込んでからソケット外部を締めこむと大変しっかりとコードが固定されます.

このアクセサリは,ブロニカS2までの機種にも装着することが可能ですが,残念ながらブロニカD以外はマウントの中央にシンクロ端子が装備されていないため,フラッシュガンアタッチメント側のシンクロ端子を利用することは出来ません.

三脚取付金具(スピードロック, tripod attachment)

これも上のフラッシュガンアタッチメントと同様,ブロニカDに直接装着出来るアクセサリです.要するにクイックシューがカメラに作り付けになっているようなもので,ハッセルブラッドやローライフレックスでも同様のシステムが備わっていますが,このブロニカ用は装着方法が他とは少々異なります.

ブロニカDの底部には,三脚穴の周囲に3つ爪のバヨネットマウント状の部品が付いています.またその三脚穴は周囲のバヨネットの中心になく,少しカメラ前方へ偏った位置に付けられています.台座部分の中央へ三脚穴を設けるのが普通でしょうし,実際次のブロニカSからはそうなっているのですが,なぜこのようにずれているのか.それは,このアダプタを見て,装着してみればすぐに腑に落ちる事でしょう.ちょうど三脚穴へ,スピードロックの回転止めの軸が嵌まるようになっているからです.

トライポッドアタッチメントの底(中央に三脚穴があります)からビロード状の布が張ってある上面,さらに回転止めの軸までは互いに固定されていて動きません.それに対し,スピードロックの周囲(ギザギザに加工されている部分)とバヨネットの爪の部分は若干,回転するようになっています.そこでまず,この回転部分を FREEの方向(反時計回り)にいっぱいに回しておき(そのとき上面の2つの赤点が隣り合ったようになります),その上へカメラを載せます.次に回転部分を FIX の方向(時計回り)に回せばカメラが固定されるという案配です.

厳密には,このような装着方法はバヨネットではなくスピゴットマウントと呼ばれます.一般家庭ではあまり見かけませんが,特殊な計測機器などではこの種の装着方法が電気のコネクタに多用されています.カメラの外観部分(外を向いた部分)には,接触する部分はあるものの,擦るように触れる部分がない(カメラ側で擦れるのは爪の裏側だけです)というのもうれしいところです.

この部品もフラッシュガンアタッチメントと同様,非常にがっしりした作りで,回転部分もいっさいがたつきなく至極スムーズに,ある種の重みを感じさせて回ります.実際に使用しても便利なアクセサリだと思いますが,残念ながらなかなか見かけないもののように思います.このアクセサリに装着可能なボディはブロニカDのみ(ブロニカS以降は,バヨネットが省略されました)ということもあり,実数はかなり少ないのではないかと思います.

ブロニカの黎明期には,望遠レンズとしてブロニカD・Sの外バヨネットに直接装着可能な望遠レンズがありました.そのうち 18cm F2.5 と 25cm F4 にはこのスピードロックが装着可能な三脚座が備わっています(S型ニコンのレフボックス用の 18cm, 25cm レンズには備わっていません).

三脚座安定プレート

(写真提供:伊藤様)

上の「三脚取付金具」とは別に,三脚への取り付けを安定化させるアクセサリがありました.これもブロニカD専用のもので,三脚座の周囲を覆うことで面積を大きくし,安定度を高めることができるものです.

三脚取付金具(スピードロック)とは異なり,カタログや取扱説明書などの紙の資料の上での説明が発見出来ていませんが,ご覧の通りまごうことなきブロニカの純正アクセサリです.同様の遠景の三脚座はブロニカS2までの機種に備わっていますが,三脚ネジ穴が中央になく前方よりにずれているのはD型だけですので,D型専用であることがわかります.

装着時の写真をご覧になるとおわかりのとおり,ブロニカ底部の形状にぴったりフィットし,三脚に触れる部分が平面となっていますので,望遠レンズ等を取り付けた際の安定性向上には大きく寄与するものと思います.

なお,Tony Hilton 氏の書籍にもこのアクセサリの写真が掲載されており(p.100),Stabilizer Plate または Stabilizer Plate Z との名称が記載されています.

各部の紹介


黒い大きなノブは,フォーカシングノブ.2mm ほど引き出すとロックされ,巻き上げノブとなる.巻き上げ後,逆に回せばロック解除となる.ノブの中央は,シャッターダイアル.中間速度が利用可能.
前面下のボタンがシャッターボタン.前面上のレバーは,フォーカス(繰り出し)固定用レバー.またフォーカシングノブの下には,ぎざぎざの付いた横縞がついており,左手でホールドしたとき指がかりの役割を果たす.

ファインダフードを起こした状態.ファインダフードを開き,次にそのフードを閉じる方向に少し押すとルーペがセットされる.ファインダは,銘板上のレバーで交換可能.
側面の大きなダイヤルは,長秒時タイマー.1秒〜1/1250秒では,セルフタイマーの役割を果たす.またバルブにセットしている場合,このタイマーの数値で1秒〜10秒の露出が可能.その左上は,このタイマーのロックスイッチ.前面の赤いボタンは,プレビューボタン.

いっぱいに繰り出された状態,最短撮影距離19inch (50cm).繰り出されたチューブに刻まれているのは,50mm F3.5 レンズ用の距離目盛.75mm 標準レンズの目盛りは,フォーカシングノブの上側に,また135mm F3.5 用の目盛りはチューブの向こう側に刻まれている.
フォーカシングノブの左上は,多重露出ノブ.またフィルムバックのダイヤルは,単独巻き上げノブで,バック単体でもオートマット式に巻き上げることができる.もちろん本体に装着したまま,本体のノブでセットも可能.またその下の小窓はフィルムカウンタ.

フィルムバックのこちら側には,フィルムバックの裏蓋取り外し用(フィルムバックを本体から切り離すためではない)のノブと,そのロックボタン(赤).その向こうに,引き蓋挿入スロットがある.引き蓋を挿入し,さらに奥までグッと押し込むと,ボディからフィルムバックが切り離される.
本体側,ストラップラグの上についているのは,「デジャミングスクリュー」.カメラが操作不能になったとき,このねじを使って復旧できる.ストラップラグ上下の羽根上のものは,ストラップ取り外し用のレバー.またセルフタイマーの内周には,フラッシュ接点とバヨネットがあり,このバヨネットにはフラッシュガンがノーコード接続出来る(そのため中心にフラッシュ接点がある).

底面.三脚穴の周囲にも皮が張られ,底までちゃんとデザインが行き届いている.ここのバヨネットマウントには,専用の三脚アダプタが装着でき,すばやく三脚に装着・取り外しができる.三脚穴のねじは,通常のタイプで大型のものではない.

フィルムバック上は,フィルム種別とフィルム感度のメモ用.フィルムバックは,(1) スタートマーク合わせ不要のオートマット機構,(2)フィルム巻き上げ終了時にフィルムにテンションをかけて平面性を出す,間欠テンション機構,(3) 引き蓋を入れないとボディから外れない(引き蓋を押し込むと外れる),(4) 外したバックからは引き蓋が抜けない,(5) 引き蓋を入れた状態ではシャッターが切れない,(6) バックとボディのシーケンス(レリーズ前後/巻き上げ前後の組み合わせ)が異なっていても問題なく接続でき,巻き上げによって同調される,などの特徴を持つ.

善三郎氏がブロニカの試作1号機を完成したとき設立されたのがブロニカカメラ株式会社であった.後に社名はゼンザブロニカ工業に変更される.そのため,上のキャップのうち,左列のものは,ブロニカカメラ株式会社を意味する BRONICA CAMERA INC. と刻まれている珍しいものである.ほとんどのキャップ類は,右列の,ZENZA BRONICA INDUSTRIES, INC. と刻まれたものである.ブロニカのフロントキャップはどれも,浮き文字を磨いて光らせた凝った構成のもので,外枠のネジ部と内側の銘板部が分かれており,銘板部は自由に回転する.キャップをボディにしっかり装着したとき,この銘板が上を向くように配慮されたものだろうか.

リアキャップは対照的にプラスティックの一体成型で,特にバヨネットに掛かるツメの部分が削れ易く,ゆるくなってしまっているものが多い.上写真左のリアキャップのグレー色はブロニカDのセルフタイマー部のプラスティックと同色である.


アクセサリの元箱.外装はクロス(布)張りのようである.ブロニカDの時代はこのようなシックなデザインのものだったらしい.その後,よく見かける黒色の台座に金文字をあしらった真っ赤な蓋が被さる,豪華さを強調したデザインとなった.さらにS2後期やECの時代は,より常識的な薄手ボール紙にプリントしたものに変化する.

Filminder とはおそらくブロニカの造語で,film + winder から作られた言葉だろう.ブロニカのフィルムバックは前述のように大変多機能であり,これを印象付けるためにこのような名称にしたのかもしれない.

左記と同様,社名は "BRONICA CAMERA INC. (JAPAN)" と記載されている.


ゼンザブロニカ発表時のレンズラインアップ,75mmF2.8, 50mmF3.5, 135mmF3.5 の3本であった.このうち 50mm レンズは,当時66版一眼レフでは最も広角のレンズで,ハッセルブラッドには 60mm レンズしかなかった.75mm 標準レンズは,写真のものと設計は同一だが,初期のものは Nippon Kogaku 銘で,焦点距離表示も cm 単位である.また絞りのF値表示も,絞り値から線が引き出してある,いわゆる(ニコンF用の初期のレンズで言うところの) tick mark 付きであった(上の写真では,135mm レンズのみが時代的に合ったレンズであり,tick mark 付である.)

ブロニカDのバリエーション

2003年5月31日,京都某所でブロニカDが3台集合した.


この日集合したのは,ブロニカD本体3台,フィルムバック計5個(元箱1つ),フラッシュガンアダプタ2本(元箱2つ),取扱説明書1部である.すべてシャッターダイヤルのX指標がバルブの隣にある,いわゆる後期型であった.すべて動作するカメラである.
ちなみに全員がマルチコートバージョンの Nikkor-D.C 40mm F4 を持参したため,それも並べてみた.

ブロニカのフィルムバックの中子.シリアル番号から,右のものほど古いらしい.中央のものは,左右の隔壁を結合するバーが追加されているが,撮影後フィルムをすべて巻き取る際にフィルム終端のシールがこのバーに絡みついてしまうことがある.左のものは,後期型(スタートマーク合わせ式)のバックの中子である.

ブロニカDに装着される2種類のフィルムバック.前期型(左)は上で紹介しているように独特のフィルム経路を持ち,またオートマット式にフィルムが装てんされるものである.最終期に登場した後期型(右)はその後のブロニカやハッセルブラッドのようにΩ型,つまり普通のフィルム経路になったもので,スタートマークを合わせる必要があるものである.写真で分かるように,外観からも巻き上げノブ・フィルムカウンタの位置で識別可能である.


ブロニカがデザインを盗用していると問題になった,元のハッセルブラッド 1000F.デザインに類似は見られるがデッドコピーではないし, ましてや中身はまったくの別物である(ミラーやシャッターの作動方向まで違う).ブロニカは当時米国でハッセルブラッドとの 比較広告までしていたように,むしろ同カテゴリーのカメラとして見せることで比べられることを狙ったのではないだろうか.

Stephen Gandy's CameraQuest, ブロニカDの情報.シリアルナンバーの識別,その他.