古い蛇腹カメラの情報です。
プリマー(Primar, Flach-Primar)は,ドイツのクルト・ベンツィン社(Curt Bentzin, Goerlitz)で,1910年から1937年まで製造された折り畳み式プレートカメラ。プレートと言っても,現在乾板は入手できないので,ハンドカメラあるいはフィルムバック交換式折り畳みカメラと呼ぶ方が正確かもしれない。しかし,ここでは慣例に従い,畳むとコンパクトになる簡易型のテクニカルフィールドカメラを折り畳み式プレートカメラ(folding plate camera)と呼ぶことにする。
クルト・ベンツィン氏は,1891年にドイツ東部のゲルリッツにベンツィン社を設立し,独自のアイディアを取り入れた革新的なカメラ(Reflex-Primar, Primarette, Primarflex...)を製造した。これらの革新的カメラとは対照的に,プリマーは伝統的な構造をもつ折り畳み式プレートカメラで,ドイツ語のprimar(第一の,最初の)の名前が付けられた。あるいは,prima(素晴しい)の意味も込めたかもしれない。
プリマーのサイズは,6.5x9,9x12,10x15cmの3種類。この内,6.5x9(大名刺判)はアルミ合金の本体に黒革張り,9x12と10x15は木製の本体に黒革張りの外装で作られた。
レンズは,主にCarl ZeissのTessar(3群4枚)が搭載されたが,同社のDoppel-Amatar (2群6枚)やMeyer OptikのTorioplan(3群3枚)も提供されたという記録がある。しかし,私はTessar以外をまだ確認できていない(現在確認中)。
使用時は,本体の左上のボタンを押して前蓋を引き出し,前蓋上のレールにレンズスタンダードを繰り出して無限遠の位置に固定する。ピントはピントグラスか,レール横の距離目盛に目測で合わせる。ファインダーは反射式の小型ブライトファインダーと,折り畳み式のフレームファインダーが利用できる。ブライトファインダーは水準器付で,横位置での撮影時は,ファインダーを90度傾けて使用できる。蛇腹は長く,一杯に伸ばせば等倍のマクロ撮影が可能。現在はプレート(乾板)が入手できないので,120ロールフィルムやカットフィルム用のホルダーをバックに取り付けて使用するが,専用のホルダーが無い場合,取り付けと調整に工夫が必要になる。
以下では,私自身が使っている6.5x9cmのプリマーについて説明します。
写真:Curt Bentzin, Primar とロールフィルムホルダー。
外見上の特徴は,本体の縁の部分(幅3mm程)が黒革で覆われず,下地のアルミ合金が露出していること。縁の部分が金属なのでシャープな外観になり,耐久性にも優れる。この手法はプリマーフレックス等にも使われ,後のリンホフテヒニカIIIやハッセルブラッド1600Fにも影響を与えた(?)と思われる。
レンズとシャッターのシリアル番号から推定すると1930〜33年頃の製造なので,プリマーとしては後期の製品と思われる。ロールフィルムホルダーは専用の付属品で,Patent Rollex等の他社のフィルムホルダーとの互換性は確認できていない。(少しサイズが異なるように思う。)このホルダーは,フィルムの巻き取りが普通と逆方向で,巻き取ると外側にフィルム面(黒面)が出る。理由は不明だが,昔はこの方式が主流だったようだ。逆巻き防止のスプリングを外せば普通の方向にも巻ける。赤窓は2つ(6x9,6x4.5)あり,6x4.5cmの遮光フレームを作れば「セミ版」カメラとして使うこともできる。
大きさは畳むと 81x35x115mm,重さは約681g (本体 + ピントグラス)。ロールフィルムホルダー(185g)に交換すると766g,ピントグラスを加えた合計で866g。かなり軽量コンパクトな6x9カメラである。
軽量コンパクトでありながら,ムーブメント(アオリ)の機能も備えている。移動量は小さいが,フロントのライズ(10mm),フォール(5mm),左右のシフト(±10mm)が可能。後のロールフィルム専用の6x9スプリングカメラが大型化し,アオリが省略された事を考えると,昔のプレートカメラの方がコンパクトで機能的だったと言えるかもしれない。(だだし,一部のシフト中判カメラを除く。)
同種の折り畳み式プレート(ハンド)カメラとして,日浦様が紹介されているフォクトレンダーのアヴスやベルクハイル,ツァイス・イコン(イカ)のマキシマーやイデアール等がある。プリマーはこれらの中でも比較的小型軽量と思われる。(日浦様のアヴスの紹介記事に興味を刺激され,同種のカメラをロールフィルムバックで使ってみたかったというのが,プリマー購入の理由の1つです。)
写真のプリマーはシャッターはコンパー、レンズもテッサーの10.5cm F4.5 という、まさに「間違いのない」組み合わせかと思います。このレンズは本当に良い仕事をします。蛇腹の状態も良さそうですね。
ご指摘のようにロールフィルムバックは逆巻になりますね。うちのも逆回転防止がうまく働かないのを良いことに普通の順巻で(矢印に逆らって)使っています。難点があるとすれば、フィルムの経路の余裕が少ないので、しばらくはフィルム面へのスクラッチに悩まされました。このスクラッチの問題と、ご指摘の取付部の互換性(ガタツキ、光漏れ含む)、平面性の問題がおそらくこの手のカメラの難点で、それが問題なければ今日でも十分に使えるものと思います。
> ご指摘のようにロールフィルムバックは逆巻になりますね。うちのも逆回転防止がうまく働かないのを良いことに普通の順巻で(矢印に逆らって)使っています。
おお,そうですか,驚きました。昔のロールフィルムバックはPatent Rollexを含めて逆巻なのですね。逆巻きだとフィルム側に(裏紙より)巻く時に張力がかかるので平面性が少し良くなるのかな? 私は取りあえず逆巻き(矢印向)で撮りながら,フィルムの仕上り(1本目を現像中)を見て,光漏れやスクラッチが無いかを確認しながら調整する予定です。
> 写真のプリマーはシャッターはコンパー、レンズもテッサーの10.5cm F4.5 という、まさに「間違いのない」組み合わせかと思います。このレンズは本当に良い仕事をします。蛇腹の状態も良さそうですね。
有り難うございます。蛇腹も本体も良い状態ですが,絞り羽根に不具合があり,修理の専門家に直していただき,今は快調です。戦前のCarl Zeiss Jena純正のレンズはこれが初めてなので,楽しみです。
実は,このテッサーは将来的にHeliar 105mmと取り替える予定です。Heliarは古い壊れたハンドカメラから取り外したレンズで,これまでテヒニカ23のボードに付けて使っていたのですが,やはり小型のカメラで軽快に使いたい。そこで(これも日浦様の記事からヒントを得て)プリマーに取り付けて使おうという計画です。ところが,プリマーはボードの孔が小さく(30mm),Heliarのシャッター(32mm)がそのままでは入らない。同じコンパーシャッター(00〜0番?)でも年代によって規格やサイズがバラバラで,なかなか計画通りにいかないなあ。
デジタルバックを装着するには,フィルムバックが交換できるプレート式が有利で,受光素子がピント面から多少ズレても蛇腹式ならレンズの位置を変えて対応できる。デジタルバックのプレビュー機能を使えば,複雑なファインダーや距離計も不要になる。ロールフィルムを前提に作られた近代的なカメラ(1~2眼レフレックス,レンジファインダー式)より,原始的なビューカメラの方がデジタルに適している。ビューカメラの携帯型である折り畳み式プレートカメラやテクニカルフィールドカメラに,デジタルの可能性を感じる。
デジタル技術の進歩が,カメラをシンプルな「暗箱」に回帰させ,古いプレートカメラを復活させるのではないか? 最近のハッセルブラッドの提案(907X等)はそれを暗示しているように思われる。
書類のスキャナというとPCが必要に思えますが、単体で取り込めるものがあり、
https://www.instructables.com/id/DIY-4X5-Camera-Scan-Back/
にあるように小ぶりで、かつ取り込み面が外から見えるものがあります。ある意味理想的なのですが、上記のようにランプの問題と、入射角の問題が課題で、ここがうまく解決できれば良さそうには思えます。
ところで僕の方は、クラップカメラですが、先日「コートポケットテナックス」を入手しました。なぜかというと焦点距離の短いダゴールレンズ(100mm)を試してみたかったからです。ただしコートポケットテナックスは撮り枠部分が少し大きめで、手持ちのロールフィルムバックが付きませんでした。アダプターを作り手持ちの0番シャッターに組み換え、今日、ホースマンで撮影してきたのでそのうちレポートします。
> 書類を取り込むスキャナを取り付ける方法があり、国内外でトライしている人のHPがよく見つかります。
> もう1つは、レンズからの光がちゃんと取り込まれる角度が限られているので、スキャナの取り込み面に拡散板やフレネルレンズを入れる必要がある点が指摘されています。
いろいろ面白い事を考える人がおられるのですね。
大分昔(10年以上前?),Better Lightというスキャン型デジタルバックを作る会社がアメリカにあり,日本でも輸入代理店(テイクだったかな?)があったと思います。しかし,ネットで調べると創業者が3年程前に亡くなり,今は在庫を切らして休業中の様です。市販の書類用スキャナーの構造を良く知らないのですが,ガラス面(原稿)と内部のセンサーの間に集光レンズがあると思います。この集光レンズを取り外さない限り,カメラレンズからの光を直接センサーへ合焦させることはできないと思われます。集光レンズを温存する場合,ご指摘のようにガラス面に拡散板(磨りガラス)が必要ですね。フレネルレンズで集光できるのは私には??です。
> 先日「コートポケットテナックス」を入手しました。なぜかというと焦点距離の短いダゴールレンズ(100mm)を試してみたかったからです。ただしコートポケットテナックスは撮り枠部分が少し大きめで、手持ちのロールフィルムバックが付きませんでした。アダプターを作り手持ちの0番シャッターに組み換え、今日、ホースマンで撮影してきたのでそのうちレポートします。
おお,ダゴールですか。憧れのレンズです。私もDagorをいつか使ってみたいと思い,彼方此方のサイトを探しています。できれば諧調が広くなだらかな戦前のノンコート,カールツァイスイエナかベルリン製が欲しいですが,状態の良いものはまだかなり高価です。100mmなら6x9にピッタリで使い易そうですね。ダゴールの際立った立体感とシャープで抜けの良い描写が楽しみです。
それに対し最近のローコストなスキャナはCIS (Contact Image Sensor) などと言われる構造になっています.Contact といっても間にガラス板があり,センサが書類に直接接触するわけではないのですが・・文書と同じ大きさ(長さ)のライン型画像センサがあり,これと文書との間に細かなレンズを多数並べ,文書の像を画像センサに投影します.細かなレンズは普通のレンズとは異なり,成立正像の結像ができる特殊な光ファイバー型のレンズ(GRINレンズ)になっているため,多数のレンズを並べてもきちんと像ができるという仕組みです.詳細な構造は
https://www.prolinx.co.jp/contents/cis-camera/290/
などを御覧ください.
この構造の場合,(結像レンズを使う場合と異なり)常に書類からの反射光のうち,書類面に対し垂直方向に反射した光が結像に使われます.また,レンズアレイに沿った方向の斜めの光もGRINレンズの画角内にある限りセンサに届きます.しかし,レンズアレイのラインから離れる方向にずれた点からの光はセンサに届きませんので,センサの各画素が受け取る光(集光角とでもいいましょうか)はセンサ長手方向に伸びた形になり,画像の端(スキャナの開始直後の位置や終了あたりの位置)では光が入らないことになります.
実際にはこのレンズアレイ(SELFOCレンズアレイ)を撤去してしまうのが一番ではあるのですが,スキャナの構造的にセンサが奥まった位置にあり,なかなかそれも難しいようです.
ところで,週末にデータを整理し,ダゴールとテナックスの記事をアップしました.よければ,また,御覧ください.
http://shiura.com/camera/dagor/index.html
> 詳細な構造は... などを御覧ください.
> 実際にはこのレンズアレイ(SELFOCレンズアレイ)を撤去してしまうのが一番ではあるのですが,スキャナの構造的にセンサが奥まった位置にあり,なかなかそれも難しいようです.
このCISは全く知りませんでした。確かにこの場合,レンズの中心から離れる方向に広がる収束光を,凸レンズ(フレネルレンズ)を入れることで,センサのレンズアレイの方向に近づけることができそうです。でも理想的ではないですね。レンズアレイのない「ベタ焼き」のようなスキャナーがあればいいのですが...
> 週末にデータを整理し,ダゴールとテナックスの記事をアップしました.
素晴しい記事を有り難うございます。
ダゴールは中判〜大判で風景写真を撮る者には伝説的な響きをもつ魅惑的なレンズです。日浦様の試写画像を拝見すると,絞った時の中央部の解像度の高さが圧倒的ですが,開放時の背景のボケの美しさにも目を奪われました。ダゴールは後ろボケがチリチリで汚いという人がいますが,どうやら事実では無いですね。恐らくレンズの球面収差が関係していると思われ,とても興味深く思います。