明石港

 

 

 

 


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変わらない風景だと思っていたものが,気付くともうそこにはなかったりすることはないだろうか.建物の取り壊しや新築のような大きな変化にも驚かされるが,本当に衝撃的なのは,ずっと変わっていないと思っていたのに実は変わり果てていたというような場合だ.時間の流れは連続的で,ものの変化もまた肉眼で捉えられるほどの速さではないが,しかし着実に進行することを思い知らされる.

記憶もまた自覚されることのないまま変化し,やがてなくなってしまうようだ.文章化した事実は覚えていられても,ものの細かな手触りや質感は工夫で覚えられるものではない.だが我々には写真という道具がある.なにか自分にとって意味のある物事でなくても,それを写真に撮るだけで,もうすぐにその対象は変化していってしまう.そうしてそのものが失われた頃にその写真を見ると,鮮明にそのものの感触や存在感を思い出すことが出来るかも知れない.うまくすると,写されたそのものが持つ質感だけでなく,その場にいたときの空気のにおいや暖かさ・冷たさ,透明感のようなものもよみがえる.本当は,記憶は失われていないのかも知れない.

このことは何も,自分自身が撮影した写真には限らない.我々はどうも,そのような肌の感覚において共通の基盤を共有しているように思う.もしこのページの写真を見て,そのような質感の共有体験を持たれたとするならば,このことに同意していただけるのではないだろうか.またこの感覚がモノクローム写真の醍醐味であるに違いないとも思っている.より即物的なカラー写真とは異なり,明らかに一部の情報が欠落したそのメディアを通して撮影者と鑑賞者が無言の共有体験を持つことが愉しい.

今回用いたのは,私にとって,至上にして無二の写真機「マキナ67」.使うたび,畏敬の念を覚えるほどだ.的確に,期待に応えてくれる.私とは「ウマ」も合っているようだ.どうみてもアバウトなフレーミングしかできず,当然ぼけかたも分からないファインダだが,うまく私を導いてくれる.今回は敢えてあまり選別せず,明らかな重複などを5カットだけ除き残りを全部載せてみた.ぜひ拡大写真で質感探しをしていただければと思っている.

PLAUBEL Makina67, Nikkor 80mm F2.8
Fujifilm Neopan ACROS,シュテックラー改処方(中川式)

(upload : Jan., 2007.)